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ヒカ碁二次創作のお話置き場です(ヒカル少女化注意)

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カッパの日

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「後援会ィ?」


ある日の午後、素頓狂な声が塔矢名人経営の碁会所に響いた。

「ダレの?」

「若先生のに決まってんじゃねえか。まちがってもお前んじゃねえぞ」
北島が隣から言葉をつっこんでくる。


「オレんじゃないなんて、んなコトわかってらい。」
北島に顔も向けないで、手をひらひらさせてあしらいながらヒカルは言葉を続けた。

「オマエの後援会って、へェー、そんなのあるのか?」
「これから設立してくださるという話が、父の後援会長さんから来ているんだ。」
「塔矢先生の後援会と一緒なのか。なぁんだ。」

「違うよ。誤解しないで欲しいが父の後援会はあくまでも父個人がお世話になっている。確かに、かつては父の後援会の方からボクもいろいろと良くして頂いていたが、プロになってからは好意に甘えるわけにはいかないとお断りをしてきたんだ。」

「『ボクは、まだ低段の身ですので、ご辞退申しあげますです』…って?」
ヒカルは背筋をピンと伸ばすと、アキラの顔真似でもしているつもりか、顔を極力キリリと引き締めて言った。

「〝です〟は余計だ。」
「あ そ。」

瞬時に普段の顔に戻るヒカル。が、

「でも雰囲気はよく出てたわね。」
との市河のフォローに悪乗りして、再びチャレンジしようとわざと低い声を作り、拳を握った。
「『いつかはボクも親父越え・をっ…』げほげほげほ」

シリアスモードの顔を作ろうとしてみたが無理が続かず途中でむせてしまった。
慌ててお茶を差し出す市河。
アキラはこどもっぽ過ぎるヒカルの振舞いに呆れて小さくため息をついた。

市河はお茶を出し終えるとお盆を胸に抱えて、話に加わってきた。
「ところで、やっぱり『塔矢アキラ後援会』という名前なの?結構、棋士のイメージで名前をつけているところもあるらしいわよ。」

「さあ、それは応援して下さる方に決めて頂くものだし…。でもあんまり凝った名前はやっぱり遠慮したいな。なんにせよ未だ…。」

 

「名前ねェ。アキラ君のイメージって言うと何かしら。」
市河が興味深そうに首をかしげて、何かいい名前はないかと考えはじめた。

「そういえばアキラ君、最近は週刊碁で、若き龍 なんて表現がよく出てくるわよね。じゃあ…  『青龍会!』」
言った直後、市河はマズイ、という顔で口を押さえた。

「市っちゃん、それじゃヤクザだよ!」

北島の突っ込みに店内の客がどっと笑う。

ヒカルは、市河から受け取った茶を飲みながらそれを聞いていたが。

若き龍、等という比喩が、アキラの棋風には合っているとは思うけれど、どうも目の前に相手しているとその表現は少々気恥ずかしくてやってられない。
つい、気を紛らわせようと冗談を口にしてしまった。

「じゃあ、いっその事『カッパ会』なんてどう?」

 

「か、カッパ?」
アキラが目を丸くした。

 

「やだ、進藤くん。」
「また進藤はそういうとんでもねェ事言い出すんだからな!」
「冗談冗談。マァ名前なんてホントどうだっていいんじゃねェ?わかりやすく名前が一番でさ…。」

 

「そういえば…」

アキラが何か思い出したように呟いた。

「ファンの方から頂くプレゼントの中に、時々カッパのぬいぐるみなどがあるんだが…。」
「…。」

 

エ、ホントにおくっちゃうヤツいるんだー!?
ヒカルはちょっと凍った半笑いを浮かべてアキラを見た。

「あれはいったい何故なんだろう?何か意味が?」

「………………………………………………。」

周りが皆、何と返事していいか困った瞬間だった。

 

「――――進藤?」

アキラがそう訊ねた途端に、周りを取り囲んでいたおっさん達は、わらわらと散り、テーブルについていた北島たちも「さ、続きを打つか。」などと言いながら即座に視線を盤面に移す。

『ズルイ! おじさんたち ズルイよ!』

「進藤、カッパ会なんて事を言い出すキミはなにか心当たりがあるんじゃないか?」

そう聞かれたヒカルは狼狽気味に
「…いや ナゼ なんだろうな ウン。」

なんとなくじゃないかなー と言葉を濁したが。

…ナゼって…

 

ナゼって、オマエの頭がオカッパだからに決まってんじゃんか!!

 

周りの皆が答えるのを恐れている様なのでつい言えなくなってしまったが、頭の中ではそんな言葉が大爆発していた。

『…ていうか… コイツ、今までそんな風に言われた事ナイのかな? 時々驚くくらい鈍感なトコ見せてくれるよなァ… オモシロ過ぎるキャラだぜ。』


ヒカルは、下手に質問をはぐらかすと、とことん食らい付くアキラの習性を知っているのであいまいな返事はすまい、と思っていたが、
本人が気付いてないことが妙にオモシロかったので

「ホ、ホホホラ、さっきも話が出てたじゃん、最近、龍とか何とか言われてんだろ?そそその流れでそーゆーイメージのキャラに落ち着いたんじゃねェ?よくわかんねーケド。」
と自分もよくわからないふりをしてみた。

 

苦しい。苦しすぎる。コレが碁の中だったらこんなチンケなごまかしなんか、絶対通りっこない。

 

「そういうイメージ?龍というのも正直ボクにはよくわからないが…更にカッパになると全くわからないよ。大体どうつながるんだ。」

 

ホラやっぱり…!

 

「エート、いろいろつながりあるじゃん。龍とだったら…ン~…水とか…あと…緑色とか…」

泥沼化していくヒカルの言い訳に、周りの皆の声を殺した息苦しいリアクションが痛いほど伝わってきた。

『だったらおじさんたち何か言ってよ!もう!』


しかし、

「ナルホド。結局、連想ゲームみたいなものか?」
本来の意味を失っていると言うわけだな…。
などという、あっさり納得のアキラの一言に、ヒカルはコケそうになった。

 

「でも後援会ねェ…それって棋院とは別に指導碁に出向いたりイベントに顔出したりしなきゃいけないんだろ?結構気を使いそうだな。オレはマダマダいらねェや。」

 

 ゴキ。

 

「いッてェ…、イキナリなんだよッ 北島さん!」

「支えてくれる人の好意を いらねェ 言うな!」

「まあまあ、北島さん、ゲンコツは…。確かに、後援会というのは進藤君の言うとおり棋士がサービスすることが多いようですから負担に思うことがあっても仕方ないですよ。」
北島を向かいの広瀬がなだめる。

「そーだよ 応援してもらって碁が強くなるわけじゃないじゃん」
「ゴラァー!このナマイキ進藤!」
「進藤君も、そんなこと言っちゃあ、もう北島さんに応援してもらえないよ。」

広瀬の言葉にヒカルは目を丸くした。
「へ?オレの応援?北島さんが? …してたの?」

「北島さんはキミの事を結構かっているんだよ。週刊碁の棋戦記事だって、実は進藤君の記事を見ている方が多いしね。」

「あッ、ありゃあッ、進藤の碁の方が危なっかしいからツイ見ちまうだけだっ!」

「ハハハそりゃ言えてる。」

「本人が言うな!」

「でもオレは確かにファンクラブや後援会、そういうのは苦手なんだよな。オマエは慣れてそうだけどさ。」

「…ボクだって別に慣れたりはしていないけれど…。」

この碁会所が既にそういう状態じゃん。ヒカルは、後援会が出来たら必ず入会しますと嬉しそうに騒ぐ北島たちを横目に見ながら、もう一口 お茶をすすった。

 

 

 

。  。  。

 

 


数日後。


 「進藤!」
手合いの後で呼び止められ、ヒカルは振り返る。

「…塔矢、ナニ?って ウワ!」
アキラはヒカルの手首をむんずと掴むと引っ張っていき、棋院の外まで連れ出した。

「な、なんだよいきなり!」

タクシーをもう片方の手で呼び止めながら、アキラはヒカルに向かって言った。
「ボクの家に来て欲しい!今すぐに!」

言葉はお願いをしているようだがその真剣な顔はどう見ても有無を言わせない様子だった。ヒカルは勢いに飲まれて言われるままタクシーに突っ込まれる。

「な、な、な、何だよ急に!鼻息荒いぞ落ち着け塔矢!」

 


タクシーに乗ること数十分。

「一体ナニゴトだよ、…まさか、オヤジもオフクロもいないからウチ来ない?なんてのじゃあないよな?」
「誤解しないでくれ。家には母もいる。」
「ナンだ。」

もしやキミは何かガッカリしているのか…?アキラがものいいたげな目で見たが、当のヒカルは単に安心しただけだったようで、素っ気無く切り返した。

「じゃあ一体どうしたんだよ。何の用事なのか説明するヒマもないのか?」
「………いや…、そうじゃないが、棋院の中ではあまり言いたくなかったんだ。
…とにかくもう、うちに着く。話はそれからで頼む。
…百聞は一見にしかずというからね。」


何時もはアキラも自分も電車と徒歩で行き来するが、タクシーだと意外と早い。

そういや、塔矢先生はどうやって棋院に来てたんだろ?車?自分でかな運転手付きかな?…まさか電車通勤なんて事ナイよな…。

つり革につかまる和服姿の塔矢行洋。などというものを取りとめもなく想像し始めた頃、タクシーは塔矢邸の門の前で停まり、ドアが開いた。

アキラは手早く料金を渡すと、先に降りたヒカルの手を再び引いて玄関に入る。

「ただいま戻りました!」

えらく行儀の良い挨拶で家に入るアキラだが片手に棋士を一名拉致っている。

 

「オイ塔矢!オマエ、チョット強引なんだよ…って、…アレ?」

 

いつもはすっきりとした塔矢家の玄関に妙に大き目のダンボールが置かれている。

宅配便だろうか?珍しい光景にヒカルは目を留めた。

 

「おかえりなさいアキラさん。…あら?進藤くん。」

「コンニチハ。」
空いてる方の手でなぜか頭を掻きながらヒカルは明子に挨拶した。

「アキラさん、進藤くんを連れて来るならそう言ってくれれば。ええと、なにか進藤くんのお口に合うようなものあったかしら?」

「お母さん、今日は進藤は遊びに来たのじゃありませんから。」

「あらそうなの?」「あ、そーなの?」
二人が同時に声を返した。

「…遊びに連れて来たとでも思っていたのかキミは。
…それより、また来たんですか。」

アキラはダンボールに目をやった。

 

「ええ、ついさっきね。あまり大きいから私一人じゃ運べなくて。」
「後でボクがやります。」
はあ、とため息をつくアキラを見て、明子ははっと口元に手をやり、ヒカルを見た。

『もしかして、この件で進藤くんを呼んだの…?』

明子と目が合うヒカル。その表情になんだかとても既視感を覚えるヒカルだった。

 

「なあ塔矢、一体ナニが…。」

アキラについて歩くヒカル。

なぜか廊下にもあちこちにダンボールが置いてあり、引越しか何かだろうか、と思わずにはいられない。

 

「もしかしてオマエ、一人暮らしでも始めるの?」

「確かに、始めようかとは思っているけれど…それはまた別の話だ。」

そう言いながらアキラはようやくたどり着いた私室の障子を開ける。

 

軽くスライドして開いた戸口から中をひょいと覗いて、ヒカルは小さく叫んだ。

「ウワ、ナニコレ…!」

「見て分からないか?ダンボールの山だ。」

「そりゃ分かるけど…ウワー、…たしかオマエの部屋ってものすごくモノがない部屋じゃなかったっけ?」

「モノがないって、不要なものを置いてないだけだったろう?」

あの殺風景なアキラの部屋は、いまや大小さまざまな箱が積みあがっていた。

ヒカルはその変わり果てたアキラの私室に脚を高々挙げて踏み込んで行く。

 

「それがどうしてこんな状態なんだよ?」

「…まあ、どれでもいいから開けてみるといい。」
アキラに言われて一番手近な大きな箱に手をかけるヒカル。

バコッと勢いよく開けて覗いた箱の中身は、大きな若草色のぬいぐるみだった。

背中に甲羅を背負い、頭のてっぺんに白くて丸い皿を載せた…

 

「…カッパ?」
「カッパだ。」

「…ぷ。」

アキラの部屋にカッパのぬいぐるみ。

ヒカルは吹き出しそうになったのをこらえつつ、大きなカッパのぬいぐるみを箱から引っ張り出した。

つぶらな瞳と何処となく脱力感のある長めのボディがユーモラスである。

これまたよく出来ている事に、左目の上あたりに分け目まであって、キリッとした眉まで生やしている。

 

 

「うわー、カワイ…く、くくく…」
「進藤、」

腹を押さえて蹲るヒカル。

部屋の隅に、ダンボールの影に埋もれかけている碁盤を見つけると、いそいそと近づき、前に正座させて石を打つ仕草をさせてみた。
「ビシィッ!って… ~~~~~~~!」

笑いをこらえるのに必死のヒカル。

「進藤、ボクが聞きたいのは何か、分かるだろう?」

「悪ィ、全っ然わかんねェ!」

大きなカッパのぬいぐるみを抱えたまましゃがみこんでいたヒカルは、笑いで涙の滲んだ目元を拭きながら、仁王立ちのアキラを見上げた。

 

そのただならぬ表情に、ようやく笑いの波が静かに引いていくヒカル。

「…もしかして このダンボール全部…」
「…。」
「カッパ?」
「…。」

深刻極まりない表情でコックリと重々しく頷くアキラ。

 

「ぶ――――――――――ッ!」

 

塔矢邸にこだまする大爆笑。
「アーハハハハハアハハハハ!」

「進藤!ナニがおかしい。」

「なにがって なにがって コレ アハハハ!」

笑いの隙間を縫うように声を継ぎつつ、ヒカルは訊ねた。

「一体・どうしたんだよ・コレ…! …世界のカッパ大集合?ここで国際カッパ会議でも開催されんのかァ?」

 

「ふざけるなッ!」

 

「…塔 矢 …。」

 アキラの真剣な顔を見て、一瞬笑いが引いたヒカルだが、

 

「カッパは日本の妖怪だろう。」

 

 

「…ブワーハハハハハ!」

 

アキラの口から直々にカッパ薀蓄が飛び出して更に笑いが加速するヒカル。

 

「進藤!話が進まないからいい加減笑うのはよせ!」
「よして欲しいのはコッチだってば…!息が 息が…
ギャハハハハハ!」

「……………。」

どうやら声を張り上げても無駄と、アキラはあきらめてヒカルの笑いが収まるのを静かに見守ることにした。

 

…状況はともかく、自分の部屋の中でヒカルがぬいぐるみを抱いて身をよじって笑っている姿は、アキラの目にしみるものがあった。

こんなばかげた状況でさえなければ彼の体がクスクス笑いに波打つ様をもう少し堪能できるのだが…。

こんな状況でなければヒカルを私室に招き入れたりしないくせにそんなことを考えるアキラであった。

…ただ、ヒカルが何度か腕の中のぬいぐるみと自分を見比べては軽く噴き出すのが不可解かつ不愉快ではあるが。

 

「進藤… もうそろそろいいかな…?」
「エ。ああ ウン…。悪ィ。」
低く落ち着いた声で訊ねられ、ヒカルもようやくまともに返事を返した。

 

「ボクが聞きたかったのは、キミは、この状況に心当たりはないか、という事なんだ。」
「この状況って、この、カッパ天国?」
「天国というよりは ボク等にはすでに地獄なんだが。」


「…たしかに コレ、この箱全部中身がカッパ…ってのは 気味悪ィな…。」

やっと表情から笑いが消え去り、ヒカルは困惑気味に部屋の状況を見回した。

「…って、ちょっと待てよ。オマエ、コレがオレのせいだって言ってる?もしかして?」

アキラが黙ってコッチを見つめている。その表情は肯定の意を浮かべていた。

「前にも言ったが、今までもたまにカッパのグッズが送られてくることはあった。だがこんなに爆発的に送られてくるようになったのはごく最近なんだ。

はっきり言えば、進藤、先日キミが碁会所で…」

ぽかんと口を開けて話を聞いていたヒカルは、アキラが自分を犯人だと思い込んでここに強引に連れてきたのだと気付いて、みるみる怒りの表情に変わった。

「オマエこそふざけんな!オレが『カッパ会』って冗談言ったのは確かだけど、だからってなんでこんなにカッパ大集合になるんだよ!?コッチこそワケわかんねェ!」

「キミが送らせてるんじゃないのか?また何かの冗談で」

「オレは冗談でもその場で笑って済ませられるようなのがスキなの!
こんな金のかかる手の込んだ気味悪いコトできるか!」

「そうか…そうだな 確かに…。」

ナーニが 確かに だ。思いっきり疑ってかかってたクセに。

ヒカルは腹いせに腕の中のカッパの両腕を思い切り引っ張った。
すると、妙にいい手触りのぬいぐるみは、意外なほどよく伸びた。

「…お?のびるのびる。ハハハ、コレいいや。…なあ、コレちょうだい。」

「どうして?」

塔矢にむかついたときコイツでストレス発散出来そうだから と言ったら怒られそうだな…。

 

「だってカワイイじゃん。それにホラ、ちょっとオマエに似…」

言いかけたその時。

 

スパーン!

 

突然、アキラの部屋の障子が勢いよく開いた。

 

「進藤くん、家の中がこんな風で居心地悪いでしょう?」

「お母さん?」

「ごめんなさいね。先に声をかけようと思ったんだけど、段ボール箱に躓きかけて、つい乱暴に開けてしまったの。」

お茶菓子ののった盆を手に、ニッコリと笑う明子。

「あ、どーもスイマセン、おかまいなく。」

「こちらこそごめんなさいね、こんな箱だらけじゃお茶も落ち着いて召し上がれないでしょうけれど…。」

「いやァ、オレの部屋も似たり寄ったりだからそれは気にしませんけど…。」

「それは片付けた方がいいと思うが?」

「ウルサイなァ。」

唇を尖らせるヒカル。

「アキラさん、そんな事言って。謙遜なさってるんですよ。進藤くん、貴方に恥をかかせまいとして。」

 

イエ、お母さん、進藤の今の発言は本気です。
ちなみに進藤的には本気と書いてマジと読むそうですよ。

そう反論しようとしたアキラだったが、

「そうそう、アキラさん、玄関の段ボール箱、悪いけれど今のうちに運んでおいてくれないかしら?」

そう明子が頼むのに頷くとアキラは一人玄関先の荷物を取りに向かった。

スタン。

障子が閉まる音と同時に、明子は盆を脇に置き、ヒカルに寄って来て膝を突き合わせるように座った。

「進藤くん…!」

ヒソヒソ声で明子はまくし立てる。

「もしかしてもう言ってしまったかしら?」

ヒカルはその時、さっき感じた既視感の源を思い出した。

碁会所のおっさん連中だ。
アキラがオカッパだからと言いそうになったときのあのみんなの顔と明子の今の表情はとても似ていた。
明子のほうが若干楽しそうに目が輝いているのが違うと言えば違う点だが。

 

「もしかして…」

ヒカルも明子につられてヒソヒソ声で話し出した。

「…もしかして、アキラがオカッパ頭だからカッパのグッズをもらうんだ ってコトをですか?」

「…言った?」

「イエ…今言いそうになりましたけど…」

「よかった、」

「よかったって あの…」

「実はね進藤くん…」

 

…刑事さん、犯人がいました。

 

「あの子の髪は小さい頃から私が切ってるのだけど…」
「(「佐賀県」ですか!?)」
「…なあに?」
「ア、イエ…エーと…散髪、お上手ですね…。」
「あら、ありがとう。」
ニッコリ笑う明子。


「…あれ以外、似合う髪形が思いつかなくてずっとオカッパにしていたのね。
気が付いたらファンの方やお世話になっている方から、『他人とは思えなくて』って、時々カッパのぬいぐるみやカッパの絵のついた小物をもらうようになっていたの。」

「…はあ…。」

たとえばこんな…、と、明子は、こそりとポケットからハンカチを取り出した。

若草色である。そして白く染め抜かれているのは妙に腰のキマったポーズで立つカッパのイラストだった。

「最初は、頂き物で捨てられないとしか思っていなかったのよ、
でも、知らず知らずのうちに私、カッパの大ファンになってしまって。」

ね、すごくカワイイでしょ?私すっかり気に入ってしまって、みんなとってあるんだけど…

そう語るアキラの母、明子は、頬に手を添えて恥らうように笑った。
たいそう少女のようなかわいらしさであった。

だがそんな表情から出てくる言葉は大概なものがあった。

「そうしたら、なんだかあの髪型が変え難くなっちゃって。
でも、あの子が気付いちゃったらきっと髪形を変えると思うのね。
…変えるといってもあの子のことだから、父親の髪型にしちゃうくらいなんでしょうけど、
できればもうすこし、あのままがいいなあって思ってるのよ。」

 

要するに〝明子さんコレクション〟充実の為に塔矢は… 
オ カ ッ パ な ん だ …

 

「………。」

「わがままかしら?」

ハイ、そりゃもう と即座に首を縦に振りたかった。が

『よく考えてみたらオレの回り、ワガママなヤツだらけで今更という気もするな…。』

「いや それほどでもない…かも しれません…。」

「そう?よかった!」

無邪気に答える明子に、やっぱり首は縦に振るべきだったかも と ヒカルは後悔風味の冷や汗を一つ流した。

 

 

「あ、でも、」
ヒカルはよくわからない事があった。

「なんで最近になって急にグッズがイッパイ送られてきたんだろ?」
「それは私にもよくわからないんだけど…」
わからない割には妙に嬉しそうな明子夫人であった。

ヒカルは幾つも積み上がった箱に貼られた送り状を、改めて見てみた。
送り主が個人の箱もあるが、大きな箱はどうもメーカーから送られてきたもののようだ。
中には○○公司などと言う日本の会社と思えない名称のものもある。
そして品名にはこう書かれていた。

「…カッパ会・キャラクターサンプル…?
一体なんなんだ?コレ…。」

 

でも、やっぱりカッパ会なんだ。

 

アキラがヒカルを疑ってかかるのも無理はない。

カッパ会なんてコトバの言いだしっぺはおそらくヒカルには違いないのだから。

 

「でも冗談だぜ冗談。第一、ホントにカッパ会なんて名前になったら、オレ絶対近寄らねェ」
「あらそれは困ったわ。」

明子は小首をかしげて苦笑した。

「明子さん~~~~。」
「でもかわいいと思うでしょ?進藤くんが抱っこしているお人形なんか、とっても愛らしいじゃない?」

ヒカルは改めて腕の中のぬいぐるみと見つめ合う。
無邪気でちょっと脱力系の表情は、確かにカワイイ。

『アッチのカッパとはえらい違いだ。』

アッチのカッパなどと言われていることをアキラが知ったらどう思うのだろうか。

しかし、さっきアキラへの鬱憤をぶつけた罰なのだろうか、見つめるほどにだんだん、アキラ本人の面影とオーバーラップしてきた。

「蔵の中にもまだ色々あるのよ、良かったらお好きなのをお持ちになったら?」
「蔵…。」
ヒカルはチョット、いや、かなり引いた。

「カワイイってのは確かに認めますけど…
なんというか オレはちょっと…」

「お気に召さなかったかしら?」
さも残念そうにしょげる明子にヒカルは慌てた。

「いや、アノこんなにたくさんあると逆に、ていうか何ていうか…、

オレ、カッパは塔矢一人で十分です。

…って、ナニ言ってんだオレ?」

「…まァ。」

ヒカルの言葉に明子は嬉しそうに笑みを浮かべた。

「あらあら、ウフフ、ありがとう、進藤くん。」

 

「ヘ?あ・イヤその、そうじゃなくて」

スタン。 

軽い音とともに再び障子が開いた。

「ボク一人で十分?何の話だ?進藤。」

「ゲッ 塔矢!」

大きなダンボールを抱え、その横から顔を覗かせるアキラ。
本人は気付いていないのだろうが、ダンボールの側面にはかわいらしいキャラクターの顔が、大きく描かれてあった。

…もう何のキャラなのか言うまでもあるまい。

 

それを見て、

「…ツー ショッ ト …。」

そう呟いたヒカルと、明子がほぼ同時にぐう、と蹲った。

 

「進藤?お母さん?どうしたんです?」
― 頼むから息をさせてくれ! ←ヒカルの心の叫び

合点のいかないアキラは、大きな箱を慌てて側のダンボールの上に積み重ね、身を折り曲げて肩を震わせている二人の側に寄った。

「く、来るな、頼む…」
「何をいってるんだ、顔が真っ赤だぞ!大丈夫か?…お母さんも、一体どうしたんです、しっかりしてください!」

「何でもない、なんでもないのよアキラさん…!」

「明子さん…オレはともかく…明子さんまで笑うコト…」

「だって…、今のはさすがに…!」

「…笑ってるんですか?二人とも一体何が。」

「ゴメン、頼むから、すこしそっとしといてくれ、うぷぷぷ…」

噴き出しそうになる口を押さえながらふらふらと立ち上がったヒカル。

先ほどアキラがとっさに大きな箱を上に積んだお陰で、ひときわアンバランスに積みあがってしまった積み木状態の箱に思わず手をかけた。

グラリ。

「危ない!」

わらわらと逃げようとしたヒカル。それをかばおうと手を伸ばすアキラ。
だが、次の瞬間。

 

「わあああああッ!」

コトもあろうに、ヒカルはハデに転んで、その拍子に崩れたたくさんのダンボールは、ぬいぐるみにステーショナリーに食器に…それらカッパグッズをことごとく部屋中にあふれかえらせた。

 

ドッシャーン!

 

 

 

…新緑も目に鮮やかな、閑静な庭を臨む、よく磨かれた廊下と白い雪見障子。
そんな日本家屋の美しいたたずまいの内側は、
いまやUFOキャッチャーの中身の如き、若葉色の山に埋め尽くされていた。

 

「大丈夫か進藤!何処にいる!」

アキラはカッパグッズの雪崩れに埋没したヒカルを掘り起こそうと、必死で目の前の山を崩しにかかった。

「進藤くん?何処にいるの?お返事して頂戴!」

難を逃れた明子もカッパのぬいぐるみや絵の描かれたさまざまなグッズを今は目にも留めないで、アキラとともに、埋もれたヒカルを何処かと探していた。

「しっ…進藤!」

崩した山の中から、片方の手がのぞく。
アキラは体ごと山に突っ込む勢いで、必死で黄緑色のグッズを掻き分けると、ヒカルを掘り出し引っ張り上げた。

「進藤、進藤、しっかりしろ!」

「…う、ウウン…」

アキラに抱かれて揺さぶられ、ヒカルはようやくうっすらと目を開けた。

「大丈夫か、どこか痛いところは?!」

「…あ…。」

ヒカルはゆっくりと手を挙げて、小さく震える指先をアキラに向け、こうつぶやいた。

 

「…カッパの  大  将 …。」

ガク。

「進藤―――――っ!」

 

 

「あ、アキラさん、とにかく進藤くんをあちらの部屋に…」
「は、はい。……………!!!!!」

明子の声に振り向いたアキラだったが、その向こうの雪見障子が上げられて見えたガラス面に映る己の姿に眼を瞠ってしばし硬直した。

そこに映っていたのは、気絶したヒカルを抱きかかえる自分の姿。の筈だが…

「カッパ…。」

どうした偶然か、さっき降り注いだグッズの中にあったのであろう、一枚の絵皿が頭の上にのっかっており…スーツ姿のカッパと化していた。

 

「あ、アキラさん その頭…。」

ガラスに映る自分の姿を見つめたまま、アキラは呆然と手を頭にやった。
『アキラさんが…気付いた…?』

おもむろに皿を手に取り、しばし見つめた後、

『…また かぶってる――――――!』

 

「あ…! そうか… オカッパで… カッパ…!」

 

『…とうとう気付いたのね、アキラさん――――!』

明子は心の中で呟いた。一つの時代が終わったと。

 


「お母さん…。」
アキラは静かに口を開いた。

「知ってたんですか?」
「…。」
「…知ってたんですね…?」

 

「…塔矢…、明子さんを責めるな…。」

 

「進藤!」

「進藤くん、大丈夫なの?」

ヒカルは小さく頷いて言葉を続けた。
「知ってたのは明子さんだけじゃねェ…。」

「…キミも なのか…?」

「て言うか、ぶっちゃけ  オマエ以外みんな な。…」

「ボク以外みんな…?」

「大体チョット考えればわかンだろ、お前のオカッパ頭のせいだって。」

「…。そうか…。イヤ、本当に今まで気付かなかった…。」

「…マジ かよ…。」

「そうか…ボクが…バカだった。なのに進藤、キミを犯人扱いして。
悪かった、どうか許して欲しい。」

 

アキラは腕の中のヒカルをすまなそうに見つめた。
「とーや…」
「しんどう…」

ヒカルは小さくため息をついて、アキラを再び見上げた。

 

「とりあえず…もう、その頭の皿 取れよ…。」

 

くっついて取れなくなっちゃうぞ、ヒカルはそう呟くとくたり と また目をつぶった。

 

「しッ 進藤―――――ッ!」

 

 

 

。  。  。

 

 

数日後。

 

再び碁会所にて、ヒカルとアキラは盤面をはさんで話をしていた。

「結局、手違いだったんだな?…しかしなんてェ手違いだよ。」

 

結局塔矢家に送られてきていたあの大量のカッパ。
後援会の名前がカッパ会になるというデマがファンの間でまことしやかに広がり、後援会のスポンサーに名乗りを上げていたとある企業がイメージキャラクターのグッズを出そうと計画を始めたことが原因だった。

どういう手違いでか、中国の工場にサンプル作成を発注していたものが、メーカーではなく塔矢家に直接送りつけられてきていたのだという。

「父は後援会の方と会っていて、偶々知っていたそうだよ。
ちょうどあの日に荷物を引き上げてもらう事にしていたらしくて、メーカーから来たものは全部、キミを家まで送っていった間に業者が引き取っていった。」

「送りつけられた時点で問い合わせろよ…。まあ、無事解決したんならいいか。

…で、後援会はカッパ会って名前になったの?」

 

「まさか。 …後援会設立は 暫く見送ってもらうことにしたよ。低段のうちはやはりふさわしくないと。」

「フーン ま いいんじゃねェ?」
『なんだかんだで名人の後援会がそのまんま塔矢の後援会になっちゃってるフシあるしな。』

 

 


…確かに、塔矢家から大量のカッパグッズは姿を消した。
しかしファンからの善意の贈り物は依然届き続けている。

 

『このままではいけない、また、カッパが家の中を埋め尽くしてしまう…!」

 

アキラは近々髪型を変える決心をした。

 

『とりあえず… 

  どういった髪型にするか決めるまで、伸ばす事にしようか…』

 

 

おしまい
 


 

てなわけでコレ アキラの髪が妙に伸び出すちょっと前の時期という設定ですね…。

お父さんも引退してなくて。

 

 

 

 昔の映画に「イルカの日」というのがありましたが…

と タイトルだけ先に作ってみて、お話ひねり出したら

どこが「カッパの日」やねん という ちょっと無理やりでw 他愛ないものになりました。

 

んで、いきなり妙なカッパの絵から始まりましたが(笑)

アンソロに寄稿した際、お話の扉を飾ったカッパです。むしろこのカッパ再掲載したくてこのお話アップしました。

同人誌になったお話はこれだけです。基本オンラインのみでの活動しかしていなかったので…

でも本になるのって やっぱり嬉しいですね。

 

ところで

…すみません 明子さん。 貴女はゼッタイこんな人じゃないと思います!

 

 

「ビバ!ヒカ子アンソロジー」という女の子ヒカルのアンソロ本に参加させていただいた際に寄稿したお話です。そう。もとは女の子ヒカルで書いてました。再録にあたって読み返したら まったくといっていいくらいそんな要素なかったので試しに性別戻してみました。何の問題もなかった。と思う(今となっては私はこっちの方がいいなって思う)のですが如何。