トレジャーハンター・ヒカル 9
基地の中を歩くヒカル達。
「…本当に誰もいないね…」
静寂のなか、小声のセリフが通路に響く。
「ああ、全員あの場に集められたんだな…」
「ここからどうやって脱出する?」
「飛行機が何機かある。あれを使おう。碁石がいつ人間に戻るかわからないが、とにかく早く米国に飛んだほうがいいだろう。」
「あ、ねえアキラ、ここ、通信施設ってあるよね?」
「当然、…あ、ヒカル、もしかして…」
「ウン、今何時?」
アキラは腕時計の盤面をヒカルに示す。ヒカルは頷いた。
「それならきっと研究室にいる教授に連絡がつくはずだ。」
。 . 。 . 。
通信室。
「よろしく頼むぜ。」
「了解!」
アキラが機敏に通信装置を操作する。
打電装置の前で身構えていたヒカルにアキラが言う。
「無電も使えるが、コッチの方がいいんじゃないのかい?」
そういって差し出したのは…受話器。
「…って、まさか電話がかけられるの?ここからアメリカに?」
「ああ、今、そのように操作した。」
「へー、スッゲエ。さすが、ドイツの科学力はァァァ、世界一ィィィ、ってヤツ?」
「それ、違うマンガのセリフだよね?」
回線を開き、研究室の番号をコールした。
やがて…
「考古学研究室。どちら様かな?」
2人共に懐かしさを覚える声が聞こえた。
「教授!」
「お父さん!」
「…!ヒカル、無事だったか?
それに、ま、まさか…」
「教授!教授の息子さんだよ!犬とおんなじ名前の」
「お父さん!犬にボクの名前を付けるなんてあんまりです!いや、そうじゃなくて…」
「アキラ、アキラか?私がいなくなってから軍隊に入ったと聞いていたが…」
「お父さん…生きていたんですね…よかった…。」
「アキラ、お前こそ無事で…
それにヒカルと一緒とは…、
…しかし命が幾つあっても足らんだろう。」
「教授!ひどいよ!」
「いや、確かにその通りですお父さん。」
「アキラ!」
「しかし彼女は僕の命を何度も助けてくれました。」(←…そうか?)
「アキラだって何度も助けてくれたさ。」(←それはその通り。)
「しかし、ひどいじゃないですか、」
「ああ、すまなかった…」
「彼女をこんな危険な任務に一人で向かわせるなんて。」
「えっ、ソッチの話か。いや、それは、ウム、お前の言うとおりだ。」
「何です?ソッチの話かって、…犬のことだとお思いでしたか?」
「いや、まあそれも悪かったが…」
「犬の事でしたら私もカンカンになって怒りましたわ。」
別の声が受話器から飛び込んできた。
「だってアキラさん、聞いてくださいな、この人ったら、ダックスフントに明子という名前を付けていたんですのよ!」
「お母さん!」
「エ―――――!<お母さん>?!」
「お母さん、城で留守番じゃなかったんですか?」
「少し前に、この人の協力者から連絡を受けてこちらに来ましたのよ、城は捨てました。あなたにも連絡したかったんですけど…特殊な任務についたとかで連絡はつかなくなっていましたもの…」
「そういや教授、いつもダックスフントをひざに乗せてかわいがってたな。あの犬、たしかアキコって…あ、明子って、お母さんの名前だったのか…。」
「な、何だこの展開は…」
「あー…、もしもし、奥様?すみませんが教授に代わって?」
「あらあなたがヒカルね、一度お話したかったわ、主人の仕事を命がけで手伝ってくださって、ありがとう。」
「あ、いえそんな」
「本当に勇敢でいらして、立派だわ。早くお会いしたいと思ってましたのよ、いつ戻られるんですの?」
「えー、もう秘宝を手に入れましたんで直ちにそちらに帰ろうと思ってるんですが、あの、教授は?」
「まあ!すぐに戻っていらっしゃるんですって!うれしいわ!」
「あのー、教授…」
「もしかしてアキラさんも一緒に?でも危険だわ、仮にも敵国の将校ですものねぇ…。」
「えーと、奥様?」
「あらいやだ、奥様だなんて、ヒカル、あなたは私の娘も同然ですのよ、明子お母さんでよろしくてよ。」
「お母さん!」
「アキラさん、そんな訳ですから、ヒカルはあなたの妹ですからね、大事に連れて来て差し上げてね。」
ガ――ン!
「いっ、妹ぉー!?」
「奥様、じゃなくて、あ、明子、お、お母さん?もしもし?もしもし?オホホじゃなくて、もしもーし!」
「明子、いいかげんに貸しなさい。
もしもし?ヒカル?秘宝は手に入ったって本当かね?」
「当たり前だよ!それから、佐為だけど…」
「会えたのか?!」
「いや、会えたというか何というか…とにかく話は帰ってからするよ、これからアキラと一緒に飛行機でそちらに帰るからね!撃墜しないように国防軍に言っといて!」
「お・お・お・お父さん!お母さん!ヒカルはボクの妹などではありませんからね!」
「嫌かね?」
「当然です!」
「まあ!アキラさん、ひどいわ!前はそんな子じゃなかったのに、」
「ちっちがいます!お母さん!ボクは…
ボクはヒカルを愛しています!ボクとヒカルは結婚するんです!!だから断じて妹なんかじゃありません!」
「ウワ、臆面も無く言っちゃったよ…」
シーンとする受話器。
やがて、パチパチと拍手があがった。
「電話でわからないと思うが一応スタンディングオベーションだ。そうかそうか、アキラ、じゃじゃ馬だがどうかヒカルをよろしく頼むよ。」
「アキラさん、よかったわ、おめでとう、でも…その子がお嫁さんじゃ苦労するわよ…まあ、あなたって昔から苦労性だったわね、がんばってね…。」
「どっちの親なんだよ~、一体…」
「ふ、普通に祝福されている気があんまりしないが…」
。 . 。 . 。
なんだか様々な緊張と脱力を繰り返し、予想を大幅に超えた冒険を終えて、
滑走路に駆け出す2人。
「どの飛行機にするの?」
そうだな、と見渡しているアキラ。
やたらめったら撃墜マークのついたメッサーシュミットを見上げてヒカルが指差す。
「うっわあ、コレ、スッゲエな!コレはどう?」
アキラが笑いながら首を振る。
「ボクは乗り慣れているからかまわないけどね、乗り心地はシビアだよ?」
狭いシートだけの機内、座ったら最後一歩も動けないよ、と言われ、そうか、と思い直す。
一番小型の輸送機に目をつけるアキラ。輸送機ながら機銃も搭載されている。
碁盤を運んできた機体だ。旅客機で言えば、10人乗り程度の大きさだろうか。
燃料、整備状態をチェックして頷く。
「ヒカル、おいで、これにしよう。」
「コレ?うん、アキラがいいならコレで行こう。」
荷物を放り込み、2人乗り込む。
「さて、操縦はいかがいたしますか?」
「…機長の塔矢アキラ殿に任せるよ。」
「クス、それでは米国まで、空の旅をお楽しみ下さい。」
「…迎撃されないかな?」
「…されるかも。」
「どーするのさ!」
「ハハ、父がうまく連絡してくれていれば、無事キミを父の許に送り届けられるはずだ。」
「オマエは…大丈夫?」
アメリカに亡命といっても、ナチスドイツの将校があっさり受け入れられるのだろうか?
ヒカルは珍しく常識的な不安にとらわれて顔を曇らせた。
「平気。」
笑顔を向けるアキラ。
「なんとかなるよ。」
基地を飛び立つ飛行機。
上空を旋回して大西洋を目指す。
小さくなる秘密基地の島を眺めるヒカル。
「いろいろあったけど…終わったんだな、やっと…。」
。 . 。 . 。
「ふぁ~~~~~~~~~ぁあ。」
無事に地中海から大西洋に入り、空の旅も退屈し始めたヒカル。
外を眺めても一面雲海、という光景も3時間。飽き飽きしていた。
「なァ、アキラ、あとどれくらい?」
「…10分毎に同じ事聞いてるよ?」
「だって退屈なんだよ!」
「やれやれ、戦闘機じゃなくてよかったね、また歩きまわれるだけマシだよ?」
半ば呆れ顔でヒカルに言う。
その後、何気なく外に変化がないか確認しようとしたアキラは
やや下の雲に小さな影を認めた。
「(上に何かいる!)! ヒカル伏せろ!」
瞬間、険しい表情に変わり、とっさに左に機体を傾ける。同時に機銃の音。
「う゛っわ゛~~~~~!」
ゴロゴロゴロ!
不用意に歩き回っていたヒカルは機内を転げた。
「アキラ!ひでェ、何すんだよ?!」
ドカッ!
振動が一発、機内に響く。衝撃で床に這い蹲るヒカル。
「うわ!」
「クソッ!被弾した!」
四つんばいになって床にしがみつくヒカル、必死に副操縦席に這ってきて風防に顔をつけて周りを見る。
左上後方に撃墜マークだらけのメッサーシュミット。
「アレ!基地にあった、あの戦闘機じゃん!」
「何だって?まさか!一体誰が!
イヤ、それよりヒカル!シートについて、ベルトをするんだ!」
「イエッサー!」
「コッチが気付かなかった分、優位に立たれたな、しかし…
…輸送機でドッグファイトをするとは思わなかった!」
ベルトをガチャガチャいわせながら装着しているヒカルがギョッとした。
「イ?!ア、アキラ!今何て?何するんだってぇ?!!」
「ヒカル、しゃべるな!舌をかむぞ!」
バッと口を両手で押さえるヒカル。
「いい子だ!」
「(ナアニがいい子だ、コンニャロウ!…って、)ふんぐわ~~~~~っ!」
急に加速で体が後ろに押し付けられる。
すぐに機首を下げ降下した、かと思うと今度は45度で急上昇!
ヒカルは手で押さえた口と、鼻からくぐもった絶叫をあげた。
「ゥア゛~~~~~!」
「気絶するなよ!ヒカル!」
「(カチーン!誰が気絶するってぇ?!)」
アキラの言葉に絶叫も忘れて睨みつけるヒカル。若干涙目なのはご愛嬌。
アキラはそんな言葉をかけながらも最大出力で上昇中に操縦桿を左に一杯ひねった。
強烈な重力がかかりながら捻じりあがるように反転する世界。ヒカルはもう言葉もない。
めいっぱい見開いた目が「カミサマ~!」と叫んでいた。
「(真上が真下だよー!)」
体を押し付ける重力がフッと和らいだ瞬間、ヒカルが上を見上げた。正確には下だが。
機体は天地逆転で垂直旋回の頂点に達していた。
旋回して向かう先に戦闘機が見える。向こうは水平旋回をしているようだ。斜めに機体が傾いている。
輸送機は旋回の頂上から降下に入り操縦桿を徐々に戻して水平飛行に戻った。
前方やや下に戦闘機。
「よし、なんとか上を取ったぞ!…フウン、あの機体を全然生かしきれていない。パイロットはどうも大したことないな?とはいえ…」
照準機が相手の機体を捕らえる
「…171機目が、ボクの愛機とはね。」
そうつぶやくと、アキラはスイッチを押した。
ダダダダダダ!
すり抜けざまにミサイルを打ち込む。
相手も撃ってきたが、すかさず翻った機体を外れ、銃弾は空に消えた。
「やったかぁ?!」
「まだだ!」
「エ―――!?」
機体はまた加速し、斜め上に傾いた。
爆音が甲高く響き、機体がミシミシ悲鳴をあげる。
カンベンしてくれー!
自分で操作出来ないという点でジェットコースターみたいだと思ったが、
それと違って、今、足の下にはレールも何もない。しかも今にも空中分解しそうなフンイキ。
「ジェットコースターの方が100万倍マシだー!」
翼を傾けながら上空に駆け上がった機体は翻り、戦闘機めがけて高速で降下!
「モ―――――いい―――――!!!!」
体が自由落下以上のスピードで落ちていく感覚にヒカルは絶叫する。
「コレで、終わりだ!」
見慣れた機体への別れに目をひそめたアキラ、降下とともに再び襲いかかる。
ダダダダダダダダ!
斜めに相手の下に切り込み、その直後
真上で爆発が起きた。
爆風と破片の衝撃に機体のバランスを崩すアキラ。
「アキラ――――!ヤベェって――――!」
「大丈夫だ!」
爆炎の渦をつき抜け、逃げおおせたところで操縦桿を水平に戻す。
機体は穏やかな飛行に戻り、ゆっくりと右へ旋回する。
機体が内側に傾いたところで 爆煙と砕け散ったメッサーシュミットの残骸が落ちていく様が視界に入った。
ようやく手を口からはがし、肩で息をするヒカル、撃墜した機体の姿とアキラを交互に見る。
「ア・キ・ラ…」
無言で爆煙の描く柱を見詰めるアキラ。
「(…サヨナラ…)」
無我夢中になって体に力を込めすぎていたせいで震える手を、バンバン叩くヒカル。
アキラはその音に驚いてヒカルを見る。
「う~~~~~っ!」
体を小さくかがめて自分の両肩をギュッと抱いて唸っているヒカルに驚いた。
「ヒカル?大丈夫!?」
とたんに両手両足を伸ばして大声で叫ぶ
「ィヤッ……ッタァ―――――!」
ガチャガチャッとシートベルトをはずしてアキラに飛びつく。
「スゴイよ!スゴイスゴイスゴイスゴイ!」
操縦者をゆさゆさと揺さぶる。
「うわ、ヒ、ヒカル?」
「アキラ、オマエ天才!最高!もう断然ホレ直したぜ!」
「…最高の賛辞だ。…キミからそんな言葉が聞けるなんて…」
感傷に浸りかけたアキラは、首に腕を絡めてぶら下がり無邪気に喜ぶヒカルに、とろける様な笑顔を見せた。
「でも一体誰だったんだろ?あの戦闘機に乗って、オレ達を追いかけるなんて出来たヤツは…」
「それは私です。」
背後からの声にギョッとして振り向く2人。
ヒカルが飛び上がって身構えた。
「プ…プロフェッサー、緒方?一体どうして?」
「メッサーシュミットに乗っていたのは貴様か?!…爆発と同時に乗り移ったのか!まさか!」
「それよかオマエ!?碁石になったんじゃねーのか!」
「ああ、なったとも。なかなか貴重な体験をさせていただいた。是非一度体験してみるといい。石の気持ちが少しはわかるぞ。」
「そんなにすぐに元に戻ったというのか?確か我々が離陸する直前にはまだみんな碁石の姿で…」
「そう、他の者は皆、いまだに碁石の姿なのではないでしょうかな?」
「どーゆー事…?」
「さあ、詳しくは私にもわからないが、おそらくはこういうことだろう、私が変身し続けなかった理由…」
爆風でボロボロになった白い上着を脱ぎ捨てるとそこには!
白く輝く機械の体が。左胸にはあの銃弾を跳ね返した跡があった。
「何だその体はっ?!」
「メ、メカ緒方?」
「メカ緒方とは、いきなりな呼び方だな…。
お前さんに上海でやられた後、サメに襲われてね…体を半分も食われてしまった。
しかし幸運な事に、友軍に救助され、一命を取り留めた。
そして機械の体を手に入れる大手術を受けたのだ。」
「そんなことが果たして可能なのか?!」
「可能ですとも。何しろ、…ドイツの科学力はァ、世界一ィ!」
「…それ、違うマンガのセリフだぞ。」
「そこまでしてボク達を追うのか!なぜ!」
「任務だからですよ。それだけです。」
アキラが銃を構えて即座に撃つ。
弾は弾き返され、機内の天井に突き抜けた。
「ウワ危ねェ!」
首をすくめるヒカル。
「防弾チョッキと思っていたが、こういう事だったのか…」
平然とした様子のメカ緒方。
「とりあえず私の役目はもう終わります。長居は無用、早々に退散するとしましょう。」
機内後部にあったパラシュートを掴むと目にも留まらぬ早業で装着し、貨物室に消えた。
「え?」
「待て!」
後を追う2人。貨物室側部の扉が開かれ、既にメカ緒方は脱出した後だった。戸口にしがみつき、外を見るアキラ。
パラシュートが開かれているのを目撃する。
「こんな高度で開くとはな!」
すかさずアキラの銃が火を吹いた。
「ムダだよアキラ!」
「ムダかどうかはわからないさ!」
アキラの放った銃弾は、メカ緒方のパラシュートに穴を穿った。
「おそらく常人よりも重い体だ、傷ついたパラシュートでは…」
アキラの言葉を受けるように、メカ緒方のパラシュートはみるみる裂け目を広げ、ついには落下していった。
「…終わりだ、プロフェッサー緒方…。」
「あ、そういやあいつ、アキラを裏切り者呼ばわりしてたけど、自分だって祖国を裏切ってるじゃん。勝手なヤツ。」
メカ緒方の姿が雲海に沈み視界から消えると、せいせいした様子で、ヒカルはくるりと機内のほうを向いた。
「うわあッ!」
「どうした、ヒカル?うわ!」
そこにあったのは、メカ緒方の両腕だった。おいそれとは外れない様に、機内にがっちりくっついている。
「そーか、腕をはずす前にパラシュートを開いたんだな?…でも何で腕なんか置いていったの?」
よく見ると何か音を立てている。
「気をつけろ、その腕、何かが仕込まれている。」
2人で覗き込んでみると…
「時限爆弾!」
「任務というのは、これだったのか!」
「オレ達をお宝ともども消しちまおうって事だったんだ!チックショー!」
何とか爆弾が解除できないかというヒカルに、アキラは首を振った。
「ご覧、残り時間は…」
あと5分。
。 . 。 . 。
秘宝をしまったカバンをかけさせ、ヒカルにパラシュートを手早く装着してやるアキラ。
きびきびと働く手を感心して見ているヒカル。
アキラの表情は真剣そのものだ。
声をかけるのがはばかられた。
装着はあっというまに終わり、最後に緩みが無いかハーネスをぐっと引き、確かめる。
うん、と頷いた後、アキラは「大丈夫だよ」とヒカルに微笑みながら、リリースコードを握らせた。
アキラの手がヒカルの手をしっかりと包む。
「あ、アキラの分は?」
「大丈夫、それより先に説明しておこう。」
そして、開かれた扉の前に導く。
「ボクがココからキミを放り出す。不安な事は無い。
失神しないように!
両手足をしっかり伸ばして大気を捕まえるんだ。いいね。
それで安定したら、小声でいい、はっきりと数を数えろ。
落ち着いて、ゆっくりとだ。
アインフンデルト、ツヴァイフンデルト、」
「ドイツ語でかよ!」
「ハハ、言いにくい方が気を失いにくいよ。
…フュンフフンデルト・500でこのコードを引くんだ。」
「500か。」手の中の、コードのグリップを改めて握りしめる。
「そう。」
ヒカルが今アキラから教わった事を咀嚼する様に復唱している。
「出来るかい?」
「ウン。」
「ヒカル。」
「出来るって!こう見えてもオレは、…!」
振り向きざまに小生意気なセリフを吐く唇に、そっと唇が触れる。
「アキ…ラ」
お互いの瞳を間近に見つめあいながら、
やがて酔いしれるように深く熱い口づけを交わす2人。
ほんのわずかな時間が永遠の様に感じられた。
「…いい返事だ。そう、キミならできる。」
そういいながら慈しむように額のゴーグルを目に覆わせた。
そして。
ドン!
ヒカルを外に押しやった。
「!」
驚きの表情で空に舞うヒカル。
「数を数えろ!」
アキラが叫ぶ。
「やだッ!アキラ―――――!」
みるみるうちに遠ざかるアキラの姿。まっすぐな黒髪が風になびき、その表情は穏やかに微笑んでいる。
元々アキラは飛ぶ気は無かったのだ。
パラシュートは1人分だけ。
爆発する飛行機を少しでもヒカルから遠ざけるのが自分の役目だと、覚悟を決めていた。
突き飛ばされた瞬間、ヒカルは悟った。いや、キスを交わした時から気が付いていたのかも知れない。
「コノ!カッコつけんなッ!」
ヒカルは、言うより早く腰に手をやり取り出したものを投げつける。
ヒカルの小道具、極細特殊鋼製の鎖分銅。
「(こういう時に役立たなくていつ役立つってんだッ!行ッけェッ!コンチクショー!)」
ヒカルの願いが通じたのか、はたまた奇跡か、火事場のクソ力((c):キン肉マン)か。
鎖は猛烈な勢いで伸び、アキラの腰に巻きつく。
グン!
突然の衝撃で空に引き込まれるアキラ。
「なっ?!」
驚きの表情で宙に浮くアキラを引き寄せて
ヒカルは、逃がすものかとコアラのようにしがみつく。
「ヒカル!何て事を!」
「ゴメン、数の数え方ワスレちゃった。…もっかい教えて。」
「…」
「…ナンチャッテ。」
「ヒカル!ふざけるな!」
「それはコッチのセリフだ!オマエ一人で逝こうとしてたな!佐為との約束、どーすんだよ!」
「このパラシュートは1人用だ。ボクが一緒に行ったらキミの助かる保障は無い!」
「バカ。そんなの、やってみなくちゃわからないダロ!」
「バカな事をいうな、やってダメかもしれないことが出来るわけないだろう!」
遥か前方の上空で爆発音が聞こえる。
2人抱き合ってハッとその音の方向を見た。
遠くの雲の一部が赤く光っている。一瞬で膨れ上がった雲が黒くしぼみ、オレンジの尾を引いて粉々に落下していくのが見えた。
2人は顔を見合わせた。
やれやれ、と苦笑混じりに小首を傾げてみせるアキラ。
アキラはあの爆発に身を砕かせるつもりだったのか。
ヒカルの顔が、みるみる子供のような泣き顔になる。
「よかったぁ…オレ、もう…アキラと一緒じゃないとヤダ…」
「ヒカル、やっとボクに甘える気になった?」
アキラはヒカルの顔を包むようにして親指で涙をぬぐい、優しく頬を寄せた。
薄い雲の中を突き抜けて、地表が視界にあらわれた。
2人は両手をつないで落下速度を落とすべく手足を伸ばしている。(どこかで見た光景ですね。ヤダなあ)
「キミが霧に消えて行った時の事を思い出すよ。」
「あんときゃウマく助かったよね…。
…な、今度もこのままうまく落ちてさあ、無人島に流れ着いたりするんだぜ。」
「楽天家だな、キミは。」
「そんで、助けが来るまでコイツで碁を打って待ってようぜ。」
「神の一手を極めるのと、助けが来るのと、どっちが先だろうね。」
「悲観的だな、オマエって。」
「精一杯、楽天的な事を言ったつもりだが…」
眼下には水平線の丸く、青い海が鏡の様に陽の姿を照り返している。
陸も小島もどうも見当たらないようだ。
「…もし助からなかったら、なんて今まで考えた事無かったけど…今はさすがにそう言う考えもよぎるぜ。」
「…いや、ヒカル!絶対助かるさ!…たとえうまくいかなくても、今度生まれ変わったときはきっとキミを幸せにしてみせる!」
「何言ってるんだよ、バカだなあ、アキラ。オレ、もうシアワセだよ。
世界中の秘宝を探し回って、最後にオレだけの宝物が手に入ったもの。」
「ヒカル…それって…。この秘宝の事?」
「バカ…!
…でも、もしも今度生まれ変わったら、
絶対、平和な世界でさ、碁だけ打ってりゃいい時代でさ、
で、2人で碁を打とうよ、
せっかく手に入れた「神の一手スターターBOX」…
今のオレたちは役に立てることが出来ないかもしれないけど、
きっとその時には…」
「ああ。ヒカル!その時は、ボクたち2人で、神の一手を極めよう!」
「アキラ!スッゴクうれしいよ…!」
「…どうやら高度ギリギリだ。さあ、コードを引いて。」
「ウン!2人でいっしょに引こう!アキラ!」
離れないようにお互いしっかりと抱き合って、2人の手がグリップを固く握る。
目の前が真っ白に輝いたかと思うと…
○●○●○●
はっと目覚めたヒカル、涙が止まらない。
―― アレ、…夢?
…ただの夢なのに…
佐為が夢に出てきたときくらい泣いちゃったよ、変なの…。――
もう、ひと月くらい眠っていた気がするくらい長い夢だったが、
夢から覚めれば、いつもの朝。いつもの現実。
歯磨きしながら、朝食を食べながら、こんな風に考えていた。
―― で、結局パラシュートはどーなったの?開いたの?
破けないで無事降りられた?
それより海の上だろ?降りた後どーすんだよ…。――
電車の中で、路上で、こんな事を考えていた。
――でもアレは無いよなアレは。やっぱ映画はしっかりバッチリハッピーエンドじゃなきゃ。
あんなのホンモノの映画だったら絶対こけてるって、ハハ。――
。 . 。 . 。
ボーっとしたまま棋院に向かうヒカル。
玄関でアキラと鉢合わせ。
「!」
ヒカルはアキラの姿を見て固まった。
「と、塔矢」
「し、進藤?」
しばしの沈黙のあと…。
「うわ――――ん!会いたかったー!」
がしっと抱き合う2人。
「アキラ!2人で神の一手を目指そうね!」
「ヒカル!絶対シアワセにして見せるよ!」
「一体何事だね」
偶然棋院に訪れた塔矢行洋が息子達の異様な姿に近付いた。
「うわ~ん!教授~~!」
「きょ、教授??」
「朝から大騒ぎじゃの、一体何じゃ?」
「うわ~ん!じーさ~~ん!」
「…そのままじゃの…。」
「ボクたちが出会ったのは、運命だったんだね、進藤!」
「そうだよ、きっと囲碁の神様が平和な時代に生まれ変わらせてくれたんだよ!」
などと、回りの人間には訳のわからない事を口走りながら
2人で抱き合って号泣する事3時間。
この日、進藤ヒカルは半年振りの、塔矢アキラは行洋氏入院騒ぎ以来二度目の不戦敗を喫することとなった。
さてこの騒ぎの片隅で、
「ヒカルにも塔矢にも同じ夢を見せるのは骨が折れましたよ… でもなかなかうまくいったみたいですね♪」
…今度こそ 私の役目は終わった などと満足げにつぶやく声が風に交じって聞こえたような気がしたが、いったいなんだったのだろう? と通りすがりの緒方精次は首をかしげるのであった…。
■■■■ 完 ■■■■
えー… 反省会会場はこちらですか…?
いろんな小ネタを遠慮なく混ぜちゃって、自分の好き放題書いたもので、なんだろね、いろいろとはしゃぎまわってるお話で…楽しかったです。(反省しろ)
ちゃんとしたお話を書こうとか、そういうんじゃないネタ先行の文字通り「駄文」ですが、
女の子設定というものを結構まじめに考えていたんだなー…と思えるのがヒカルやアキラのセリフの原作らしくないところ、そしてお互いをファーストネームで呼び合うこの違和感(笑)。
書き終えた当時はホントに楽しい思いばかりさせていただきました。いろいろツッコんでくれた皆様ありがとうございました。
これを再掲載するつもりは全くなかったのですが、「ここさん」をおくればせながらも書き上げて、ついでにやっておこうと思うことがありまして。
それはまた次の機会に… (果たしてあるかなあ…^^;)