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ヒカ碁二次創作のお話置き場です(ヒカル少女化注意)

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リボンの棋士 46

 

地下の洞窟の中は、しん と静まり返っている。

 

唖然 呆然 天然 と表情はそれぞれ違っていたが

倉田とヒカル以外は共通して、あまりの驚きに眼がマックスレベルに見開かれていた。

 地下の空間に戻ってきたばかりで事情の飲み込めない社だったが、

倉田がごっくり飲み下したソレが何なのかを知ると、とたんにハリセンを振りかざし

「オマエッ、なんちゅうコトすんねん!」
倉田の頭上にブンと振りおろした。

が、一瞬速く倉田は、そばにおいていたバケツを頭に被り、

バコンという大きな打撃音は響いたが、その攻撃は倉田にはヒットせず、上に向けられたバケツの底を叩くに終わった。

「くそ!」

 

再びハリセンを振りかぶってしばき倒すが

バシーン!

またもやバケツを頭に被ってその攻撃をかわす倉田。

その後何度もハリセンが繰り出されるがそのたびバケツを頭に被ってブロックされてしまう。

 

といった調子で 遥か下のほうでハリセンとバケツの戦い(?)の音が響く中、
岩の頂では意外な結末にみんながそれぞれ脱力していた。

 

アキラはハッと腕に抱いたヒカルの魂と、佐為の腕に抱かれたヒカルを見比べた。

「そうだ、これだけでも…!」

ヒカルに駆け寄るアキラ。

 

魂の抜け殻となったヒカルは何を見るでもなく呆けた表情をしている。

「生きて、は いるのか…」

アキラを見て、ニコ と微かに笑うヒカル。つられて一瞬笑いかけるが、今まで見たことの無い、赤ん坊のような笑みに胸がズキンと痛む。

 

見上げるアキラに佐為は困ったような顔をしてこたえる。

「魂が抜かれても、命はあるのです…。その魂は、知性、感情、長所も短所もすべてひっくるめた、いろんなヒカルらしさの塊のようなものですから…。」

それが欠けている状態というのは 人によってさまざまだが 何かの欠けた不安定な状態なのは確かだ と
佐為が憂いを宿した表情でヒカルを見おろして言った。

目と目が合って反射的に微笑を浮かべても、それはアキラに好意を持っているというものではないらしい。
アキラを見つめ返したのもホンの一瞬で、あいまいな声をこぼしながら他のものに目を移すヒカル。

ヒカルをヒカルたらしめるものが消えるとはこういうことだ、という姿を目の当たりにし、アキラはいたたまれない。

 

「うわあああ!永夏~!あの子の魂が食べられちゃった!」

秀英が再び階段を駆け上がって永夏の元に飛びこんできた。

「アレはボクのものだろ!?、ねえ、永夏、アイツ殺しちゃってよ!」

「ううむ…。」

永夏もいつもなら、そうする事に迷いはない所だが、展開の余りの馬鹿馬鹿しさ加減にめっきり気がそがれてしまっていた。

「お前、魂など欲しくないように言っていなかったか?あの娘の体にあったものなんかって」

「そ、それはだって…。今だって、や、…。ヤだけど…永夏が喜ぶなら…」

ばつが悪そうに言葉を濁す秀英。

永夏はその様子にふと笑みをうかべ、顎で指す。

秀英がその方向に顔を向けると、アキラや佐為、そして魂の抜け殻になったヒカルがいた。

「魂ならもう一つあるぞ。どうやら本当のあの娘の魂らしいが、囲碁の才に負けず劣らず長けているようだ。
おそらくたいしたバイタリティの魂なんだろう。囲碁で大成する男の魂の特質をすっかり共有してしまっているらしい。
おかげで見た目まで瓜二つになってしまっているとはな。 」

アレを奪ってしまおうか?と永夏はアキラの抱える魂を指して言ったが、
秀英は、力ない表情のヒカルの方に目を瞠っていた。

「あの子…、エ?…あんなふうになるの?」

自分のような姿になって地団駄を踏むとばかり思っていた秀英は、あてが外れたといった様子で見つめていたが、

思わず、トッと走りより、声をかけた。

「おい、オマエ… ねえ?」

 

ヒカルの膝に前足をポンと置き、それでも気付かないのならと爪を出してパリパリと掻いて気を引こうとした。

漸くゆっくり向けられたヒカルの顔は、秀英を秀英として認識してはいない。

黒猫のキツイ視線を見つめ返す、潤んだまなざしは、相手の感情を受け止めないでぽろぽろと取りこぼすような、感情の波が消えた眼だった。
ヒカルは力の抜けた手で、膝の上の小さな前肢をゆっくり剥がした。

 

「オ、オイ…」

こんなんじゃない、ボクが見たかったのはこの子のこんな姿じゃ…

 

アキラが邪魔な黒猫を払いのけようと手を伸ばすが、それにも気付かずに秀英は途方にくれたような顔で見上げ、後ずさりした。

 

「永夏、永夏!? ボク…もう知らないよぅ!?」

 

そう言いながらも何か良策を授かろうとでもいう態度で、秀英は永夏の足元に走り寄った。

 

爪を立てられていた膝に手を置いて、ぽわんとした表情のヒカル。
その小さな顎を片手に支え、アキラは揺すって声をかける。

「ヒカル…、ヒカル!しっかりしないか!」

「塔矢殿、その魂を戻せばよいだけの事なんですよ。」
「あっ そ、そうか、…しかし、どうやって戻すのですか?…まさか む、胸を」

うろたえた表情のアキラを佐為は扇子で口元を隠しながら横目で見た。

「…先程は平気で探っていたくせに。」
「あっ、あれはっ…無事を確かめたい一心でのこと…!」
「冗談ですよ。」
「…。 貴方といいヒカルといい…。」


そうするまいと思いつつも、アキラは、佐為にまでからかわれているのか、と、苦虫を噛み潰したような表情を隠せないでいた。

「その様な冗談はさて置いて、早く魂を戻しておやりなさい。
さ、…それでは鼻に突っ込んで。」

「はい、では早速、… は?

…は、…鼻ッ?」

 

何かとんでもない事を聞いてアキラは思わず聞き返す。

それに応えて平然と頷く佐為

 

「ええ。今さっき、魂は永夏の睫にくすぐられて、クシャミした拍子に出てきてしまったでしょう? 鼻から。」

鼻からだったか?こんな大きなものが二つも鼻から出てきたか???
アキラがめまいを起こしそうな顔で、腕に抱えた魂を見下ろした。

「ささ、アキラ殿、早くしてくださいな。」
「は、早くとは…いっても…これをヒカルの… は 鼻に…?」

あまりの事態に激しい頭痛を覚えるアキラは思わずこめかみを押さえる。

そして、 これから湧いて出るであろう涙をあらかじめぐいぐい拭くような仕草の後、

「もう、どうとでもなれ…!」

正視するに耐えられないと顔をそむけたまま、魂を両の掌でヒカルの鼻にあてがうと、『うわあああっ…!』
そのまま ぐっと鼻の中に押しこんだ。

 

果たして 一瞬の押し返す弾力のあと、魂の感触が、ふい、と手から消えた。


その変化に驚いて、アキラは固く瞑っていた目を開け、背けた顔をヒカルに戻した。

鼻にあてがった魂は、無事に鼻腔を通過して、ヒカルの体内に吸い込まれていったらしい。
ホッと肩の力を抜くアキラ。

そして、ほんの僅かの間に、無表情だったヒカルに変化があらわれはじめた。

眠りからさめる直前の様に瞼が微細に震え、かすかに声が漏れる。
「ふあ…。」

「おお、戻ってきましたね!」

「…ヒカル!」

ヒカルは眉間に皺を寄せながら頭を振ると、ゆっくり体を起こして顔を上げた。

「ヒカル、しっかりするんだ!ボクがわかるか?!」
アキラの声に顔を向けるヒカル。
心配そうなアキラの顔をピントの合わない眼で見上げ、いまだにぼうっとした表情を浮かべていたが、やがて、

 

「ファ……」

 

またクシャミをする気か!

 

慌てるアキラはヒカルの鼻を思い切り摘まんで
「ダメだ!こらえろ!」

「~~~~!!!ムググ、ナ、ナニすんのさ!」

アキラの押さえつける腕の下でヒカルがバタバタともがく。

 

「アキラ殿、そんな乱暴な!」
「ヒカル、頼むからクシャミをするな、するんじゃない!いいか!いいな!…」
「ヒらいヒらい(しないしない)ヒらいってば!(しないってば!)」
鼻を摘ままれたまま、ヒカルは涙をにじませながら悲鳴に近い声をあげた。

 

アキラが肩で息をしながら油断ならぬ様子で見守る中、

「は……は…  鼻 …痛ッテェ…」

ヒカルは、鼻を両手で覆って俯いた。

その反応に元通りのヒカルらしさを感じてアキラはやっと安心した、と、ふわあっと顔をほころばせた。が、

 「…このヤロ、よくも乙女の鼻にあんなデッカイモンねじ込みやがったな!」

押さえられていた鼻を若干赤くして噛み付くような顔でヒカルは叫び、
抗議の鉄拳をイキナリ繰り出した。

 

しかしアキラも、さすがに精神的ダメージを数多く受けていたとはいえ、ヒカルが魂を取り戻したことで通常レベルに反射神経が回復していたらしく、鉄の拳はいともたやすく受け流されてしまう。

「乙女というなら拳を繰り出すのはやめないか。はしたない。」
「なんだとォ?!オマエこそ…」

「― ヒカル。」

「な、…なんだよ…?」

突然アキラに真っ直ぐ見つめられて拳から力が抜けるヒカルだが、

「それ…本当に君の魂なのか?まさか、もう一方の魂ということはあるまいね?」
「ナニ?…何のコト?」

「あ、イヤ、…あまりにも男っぽいからもしや」
「な、な、なんだとォ!?…アキラの…バカヤロー!」

みるみる怒りを顔に昇らせて、ヒカルは再び拳を振り上げた。
だが、はたと動きが止まり、胸に手を当てて俯く。

「アレ…?なんか胸がすーすーする。なんだろ?…この不安なカンジ…」
「大丈夫か?どこかまだ具合が?
… もしかして、もう一つの魂が必要なのでは?」
アキラの顔が心配そうに佐為を見上げた。

佐為がヒカルの前に屈み込んで顔を覗いた。
佐為…どーしちゃったんだろ?オレ…詰め物が抜けたような…」

胸元を一瞬見下ろして、佐為は優しい微笑とともに、励ます様に言った。

 

「安心なさい、ヒカル。胸はしぼんじゃいませんよ。元の通り…えーと、それなりです。」
「ンなコト言ってねェ!」

佐為が口元に当てていた扇子をひったくって、パシ、とおでこをひっぱたく。

「あいた。ヒカル、男の魂がなくても全然変わらないじゃありませんか…。」

抗議の声を上げる佐為

 

「…ところでホントにしぼんでナイ?」
言われたことは気になるのか、ヒカルは自分の胸元を覗き込んだ。
「ああ、ウン、確かに、それな…」

 

 

言葉を急に途切っってアキラをにらんだ。

「…今 見てたろ。」

「イヤ、何も見ていない。」
「ウソつけ、鋭い視線、ビッシビシきてたじゃんか。」

「そんなことはない!キミこそいきなりそんなはしたない態度をとるんじゃない!」
「ヤッパリ見てたんじゃねーか!」

 

「ヒカル、どうも怒鳴り散らさないと不安なんでしょうが、いーかげんになさい。それじゃあまるきり前とかわりませんよ。」
呆れたようにヒカルをたしなめる佐為
そういった後で何か思いついたのか、小さく 「ア、」 とつぶやいた。

「…さては、今までずっと、男の魂は眠っていたままだったんでしょう?ヒカルの魂がよほど強くて。」

「そんな事なんでわかるんだよ。」

「いや、私も貴方の囲碁の才や、男の子っぽさは、男の魂が働いていると そう思っていたんですが…
今思うに、ヒカルの魂はことのほかバイタリティにあふれている様子ですし、もう一方の男の魂の出る幕なんて完全に食っちゃってたんじゃないかしらと、そんな気がするんですよねえ…。」

「じゃあこの男っぽさは」
「素 ですね。」

「はあ…。」

「ナニ勝手にごちゃごちゃ言ってんのさッ!?」

佐為は、もっと時間が経っていたら魂同士が癒着していたか男の魂の方が同化吸収されていたかもしれませんでしたね。などとよくわからないが物騒な事を言い、

「まあ胸がスースーするなんて程度の喪失感で済んでよかったですね。」

ニコリと笑って見せた。

「…もしかして何気にヒドイ事言ってナイ?」
「そうですか?」

「…。まあイイや。…で、このスカスカな感じは、そのうち消えちゃうんだよな?」
「そうですねえ…慣れればどうって事無いでしょう。ただ…単にスキマが空いた というだけではありますまいよ。その感覚は。」

「と言うと?」
アキラの訊ねる声に佐為

「そうですね…それは 今にわかります。」

そう言いながら、永夏の視線を弾き返す様に立ち上がった。

 

 

。 . 。 . 。

 

 


「…ええかげんにせえっ!“叩いてかぶってじゃんけんポン”と ちゃうっちゅうねん!」

岩の下で何度もハリセンとバケツの攻防が繰り返された末、

社は肩で息をしながらそう叫んで、今度は、と、倉田のどてっぱらに横スイングで狙いをつけた。

その時、倉田の腕がそれを制する様に上げられた。

「マア待てよ、社王子。」

振りかぶった格好で社は動きを停める。

「…エッ?」

 

まさかの倉田に、突然名前をまともに呼ばれてしまい、社は剣を持つ腕を降ろしてまじまじ見つめた。

「…よせやい、そんなに見つめたって惚れねエぞ、社。」
「誰がや! 気色の悪い事 言わんでくれッ!」

 

 


一方、佐為はヒカルをかばうようにして永夏の前に立ちはだかる。

その警戒振りに永夏は熱の醒めたような顔でフンと鼻を鳴らした。

「俺は確かに闇に身を置く者だが、悪いことなら何でもやると言うわけじゃないぞ。
俺のモットーは、ただ、自分の望むままに行う、それだけだ。」

「約束は守らないってことですか?!」
「守るとも。 守る気にさえなればな。」

佐為は自分勝手な理屈に絶句した。

「まったく…!闇の住人と対等に取引しようなんてムダなんでしょうかね!」
佐為が鼻息荒く言い放つが、永夏はすまして苦笑する。


「…別に今、俺に約束を守る気がない ってわけじゃあないぞ。
なにしろ、お前には、これだけ悔しい思いをさせられたところだ。
これで約束を違えるような事をするなどは、俺の趣味に合わない。

まあ、確かに目の前に魅力的な魂が転がっていれば、手のひとつも伸ばしたくなるところだが…」


永夏の視線にビクッと肩を震わせてヒカルは再び剣の柄に手をかける。同時にアキラもスラリと刀を抜いた。

鋭利な切っ先が自分に向けられている事などお構いなしに、永夏は話を続ける。

「…囲碁の腕前に感心させられたり、クシャミなんかで魂を出したり、本当にオマエは見ていて退屈しない女だな。」
「…お… ってそんな言い方するな。」

「ハハハ 慣れていないからか?そんな呼ばれ方くらいでいちいちドキドキしていては心臓麻痺を起こすぞ。」

ヒカルは永夏を睨み胸を手で覆い隠す。

 

「そんな貧相な物を隠さなくたって誰も取らん。
…魂は、まあ囲碁の才に長けているのはわかったが
そんな女臭い魂は要らんぞ。秀英が消化不良を起こす。」

「…なんだとォ?」
「どっちかというとヒカルの魂は男クサイですけど。」
「何だよ佐為まで!」

いまだヒカルの手にある扇子で再びペシンと叩かれる佐為

「ヒカル~~、むこうは『要らない』って言ってるんだからいいじゃありませんか。」
「…だけどなんかイチイチ引っかかるんだよなァ。」

アキラのほうがむしろヒカルよりも立腹気味で
「彼女をを愚弄するのもいいかげんにしないか、それ以上何か言うならば、斬る!!」

などといいながら切っ先を向けるのを見て、永夏は両手を挙げてあきれたように笑ってみせた。

 

ヒカルがもとの表情を取り戻しているのを見て秀英はホッと表情を和らげていたが、

「ねえ、 あの子をさらって地の底に逃げない?アイツ等、絶対追ってこれないよ。」
「おいおい、秀英、 俺はあんなタダの女の子などに興味は無いぞ?」

それとも、あの子が気に入ったのか?と永夏が小さくたずねると秀英は眼を丸くして絶句した。

「…嫌がらせにちょうどイイと思ったんだい!」

そう強がりながら思い切り首を振る。

「猫の姿になってしまってからは、そんなこと言い出すように思えなかったんだがな。」
永夏はそれを見て肩をすくめるが、もちろん ヒカルがただの女の子ではない事を知っている。

囲碁で大成する男の魂”を16年間眠らせ 抱え続け その力を受け止めた
いうなれば、
囲碁で大成する かも知れない娘の魂” の持ち主。

そのとき、頭上遥か岩を隔てた地上に、正気に返った人々の気配を感じ、永夏はため息をついた。


正気を取り戻した王がこの地下目指して攻め込んでこようとでもいうのだろう。

「やれやれ、此処にいてもうっとうしいばかりだな。」
くるりと背を向けた途端に、

「そうはいかん!封印してやる!」
突如叫び声と共に社が駆け込んできた。

社の振りかざすハリセンを振り向きざまにすんでのところでかわす永夏。

社は永夏に一撃を与えそこね、つんのめる。

「社!ソイツをぶったたけ!」
倉田の声に社が反応して、ソイツ、と倉田の指し示すものにハリセンをしたたかに打ち付ける。
この洞窟の中央に位置する、魔力を宿した碁盤めがけて、伝家の宝刀に宿る破邪の力が炸裂した。

真っ白い閃光がほとばしると、その光が地割れとなって岩の頂から四方八方に走る。

 

やがて低い地鳴りが響き、バラバラと石の破片が砕けて降ってきた。

「おーっと、ちょっとヤバイか?」
「く、倉田さん?…ナニがどーなってんの?」

 

社王子の攻撃がこの空間の急所を突いたことに意表を突かれた永夏は驚きのあまり一瞬表情を崩した。

が、舌打ちとともにすかさず元の態度に戻り、社を睨む。

「さすが、俺たちを封じ続けてきたこの国の王子なだけはある。あの魂に気を取られてうっかりしていたな。」

その近くに立つ倉田に視線を転じ、さらに永夏は言う。
「魂の抜けた様な奴…と思ったら本当にそうだったのか。魂を得て、なにやら切れ者に変身してしまったようじゃないか。」

「俺はもともと切れ者だって。」
しれっと言いのける倉田は、その眼がしっかり落ち着いている以外は、以前と変わりないようにも見える。

「ふ、その体から魂を引っこ抜いてやってもいいのだが 生憎、
手が脂っこくなるのは気がすすまんな。」

永夏はマントを翻して秀英を抱え込んだ。途端に足元に赤く光が走る
吹き上がった溶岩が炎を吹きながら螺旋の如く二人を取り巻いて立ち上がった。

佐為。」
「…永夏。」

「お前如きを相手に負けてしまうようでは、
俺はどうやら神に取って代わる事など出来ん
…今はな。」

 

「そうはいかん!また碁笥に閉じ込めたる!」

社が地面に転がった碁笥を引っつかむと永夏めがけて投げつけた。それを炎で難なくはじき飛ばしながら

「最初からお前の魂を狙っていればよけいな徒労もせずにすんだのだろうかな。この国の王子よ。」

「何言うてんねん!逃がすか!」

「いや、魂を賭けて打った一局はことさらに愉快だった。また楽しませてもらいにくるとしようか。」

「永夏…。」
「エエッ またァ? もうカンベンしてよ!」

「ごちゃごちゃ言うてんとさっさと消えろや!もう来んなボケ!」

炎の渦を舞い上げながら人間どもの悪口雑言に高笑いする永夏。姿が炎に熔けるように消えていく。

その肩の上にしがみつきながら黒い子猫がヒカルを睨みつけながら叫んだ。
「ヒカル!」

「…秀英!」

思いがけず自分の名前を呼ばれて、秀英は消えざまにビキンと硬直して目を円くした。

 

「碁、打てるようになれよ!
…またな!」

「またな、だと?」
永夏はさも愉快そうに、ヒカルを指差した。

「そうだな、今度会う時は お前と最後まで打ちたいものだ。」

「次はボクだよ永夏!ボクが打とうって言われたんだ!」

「秀英…。
  じゃあ 碁、打てるようにならなきゃな。」

「…ウン。」

 

「…ああそうだ、おせっかいかもしれないが」

「なんです?この期に及んで。」

「 人間ども、さっさと逃げないと生き埋めだぞ。」

「…  エ…エー!?」

「どっから逃げろっちゅうねん!?」

 

その問いに さあ? と肩をすくめたのを最後に、
ついに永夏たちの姿は取り巻く溶岩に消え、炎の塊となって地の底に吸い込まれると、

 

地鳴りは轟音に変わった。