なちぐろ アーカイブス

ヒカ碁二次創作のお話置き場です(ヒカル少女化注意)

順番に読む場合は「カテゴリー」(モバイル端末はページ最下段)から選択してください

リボンの棋士 47

 

「最後の最後でとんでもない事言い出しやがって、ああっホントだこの岩山、割れてッてるよ!」
「ヒカルッ逃げましょう!」
「逃げるったってどうやって!?」
「もと来た入り口は!?」

 

全員で一斉に入り口を見下ろすが、そこは既に砕けた岩でふさがってしまっていた。


「…ダメじゃん。」

その上、みるみるうちに洞窟の底に縦横に走る亀裂から、硫黄の匂いのガスと赤く光る溶岩が吹き上がってきた。

「ウワー!さらにダメじゃん!」

「上へも行けそうにないな…するとどうすれば。」

アキラが苦悩の表情を浮かべる。
ヒカルも、あきらめるものかと辺りを見回していた。

「キミだけでもなんとか助かる道があれば、」
「オマエなァ、そういう事を言うなって。助かるときはオマエもオレもみんなも一緒だ。」

 

「ヒカル、成長しましたねえ。以前だったら、すぐ私の力を頼っていたのに。便利だなあ などと言って。」
佐為がしみじみと感心して言った。

「あっ!」

その言葉に、ヒカルは弾かれる様に佐為を見た。

「そーだよ!佐為、なんとかして!」

 

「…前言撤回ですね…。」

「んなこと言ってる場合か!ホラ、あの天井をドカーンとぶち破るとかさ!」
「ええ~?いやですよぅ、そんな野蛮な。」
「 だー!そんな浮世離れしたトコまで元に戻りやがって!」

ヒカルが頭を抱えて叫ぶ。

そのとき、佐為は背後から肩をちょいちょいと指でつつかれて振り向いた。
「はい?」

つついていた相手は倉田だった。

「なァ、あんたの力でさ、」
「イヤですようこんな大岩を」

「じゃなくて。」
「ハイ?」

「アレ持ってこれねえかな?」
倉田の指差す先にあったのは、社が通り抜けてきた、空間に丸く開いた穴だった。

「あ、あれですね。」
手にした扇子でヒョイと招くと、

今にも溶岩に飲まれそうだったその穴がヒュウッと舞い上がり、皆の目の前にやって来た。

「コレ…使える?」

「ああ、こういう方法で逃げられるんでしたね。」

倉田の問いに佐為は頷きながら、それを作ってみせた永夏の技に改めて感心する。

 

「よっしゃ、それじゃあまたコイツで!」

社が武器を握った手につばを吹きかけて気合を入れると、再び、穴に向けてハリセンを掲げる。その手にもはや躊躇はなかった。が、

ドシ!

倉田のデカイ手が社の背を突いた。
「いーから急げって。」
「ウワ!」

そのまま穴に吸い込まれる社に続き、倉田も勢い余って飛び込んでしまった。

「コラ!おっさんナニすんねん!」
「オーイ、お前らも早く来いよ!」

穴の中からだんだん遠のく声が聞こえる。


「…なんだか倉田さん、変わったね…。」

「そうか?…あまり変わってないようにも思うが。」
「ム。そんなことねーよ、変わったじゃん!」
「そんなささいな事を言いあいしている場合じゃないだろう。」

アキラがヒカルの腕をぐいと引き寄せ、

「それより、次はキミだ。」
と空間の前に背を押し出す。

「オレよっか佐為、オマエ先いけよ!」
ヒカルは押されざまに佐為の腕を引っ張って、自分よりも前に押し出した。

「ええー?いやですよう、仮にも悪魔の技に、天の使いの私が身を委ねる訳には参りません。」

「そんなカタイこと言うなよ!この状況で!」
「だってこうですもん。」

そう言いながら佐為の扇子が穴の端にチョイと触れる。

 

丸い空間の穴がとたんにひずみ、悲鳴のような軋みを上げたかと思うと、次の瞬間には無数の小さな穴に弾けて、消えてしまった。


唖然とするアキラとヒカル。


「…ねー?」

 

「ねー? じゃなーい!どどどど、どーすんだよ!」

「だから、私と対極の力で出来たものですから私が通り抜けることは出来ないんですって。」

 

「そう言う事は早く言…!…あーもう…。」
ヒカルは手で眼を覆い天を仰いだ。

「まあ、しょうがねェか…。
むしろ佐為が通れないってコトが先にわかってよかったよ…。
置いてきぼりにするトコだったもんな。」

そうはいいながら、ゼツボー的状況に、はあ、とため息をつくヒカル。

 

「ヒカル ヒカル、」
「こんどはなんだよ佐為…。」

頭を掻きながら振り向くと、佐為がその場に、扇子で滑らかに弧を描き
新たな空間を通り抜ける穴を作り出した。

佐為殿、これはもしや…!?」

にっこりうなずく佐為
「 ほら、私だって同様の技は使えますよ!もちろん自分で作ったものですから私も通れます♪」

「―それってパクリじゃん。―」

「何か言いましたか?」

「いや。なんでもナイ。」

でも悪魔の技の模倣はいいのですか?というアキラの問いに、
言うなれば囲碁でいうところの定石ですかねえ、などとよくわからない理屈をこねる佐為
最初からその技使ってくれれば、と愚痴りたい場面だが、その場で思いつかなければどんな技を持っていても出来はしまい。

「…もういいから とにかくさっさと行けってば!」

もはや溶岩がすぐそこまで満ちてきて石の破片が雨あられと降り注ぐこの状況で
これ以上のほほんとしたペースにつきあってられるか!とヒカルは佐為をぐいっと引っ張った。
「いえヒカルこそお先に!」
「じゃあアキラ!」
「キミが先に行け!」
二対一でヒカルが真っ先に押し出される。ヒカルは両手に佐為とアキラの手をつないで、三人ひとかたまりに空間の穴に吸い込まれた。


その直後、ヒカルたちの立っていた場所に、真上から大きく砕けた岩の破片が降り注ぎ、溶岩がどっと溢れ押し寄せてきたのだった。
まさに間一髪 …だったことは立ち去ったヒカルたちは、知る由もない。

 

 

 

「コ、コ、ココ、…」

ニワトリではない。

 

ヒカルはいきなり目の前に広がる光景に目をパチクリさせていた。

 

「ココどこだよー! 」

 

絶叫が巨大な石垣にこだまする。

 

「すみません、わかりません。」
佐為が困った様に自分の額を扇子の端で押さえている。それじゃあまるで三平師匠である。

「ヒカル、あそこに社達が!!」


振り返って、アキラが指差す方へ顔を向けると、幾本もそびえる塔の中心に、より大きな城砦が見える。その中に、社、倉田、それに社の父である西の国の王が、家来たちの姿とともにあった。

「はー、あんなところでしたか。」
「よくわかんないで空間の穴を作ったな?」
「わかってるわけないじゃありませんか。それになにぶん、こんな技、不慣れなもので。」
「だからってこんな場所はないダロ!」


ヒカルたちは城を取り巻く、ひときわ高い大外の城壁の 上に立っていた。
さすがに強固な要塞だけあって、外郭の城壁は目もくらむような高さにある。
足元をすり抜けるヒュウヒュウという冷ややかな風鳴りが、遠い地上に誘い込もうとしているようだ。

「石の中じゃないだけ良かったじゃないか。」
アキラはこんな状況で震えもせずに言った。

「大丈夫だ、ヒカル。とにかくここまで逃れたんだから。あとは落ちついて…。」
アキラは城壁の上から墜落しないように用心深く、ヒカルをなるべく真ん中に立たせ、佐為に向かって礼を述べた。
佐為殿のおかげで助かった。ありがとう。」

「う、ウン…。ホントだよ。そうだな…。アリガト、佐為。」

「いえいえ、どういたしまして。お役に立ててなによりです。」
にっこり笑みを返す佐為
その笑みに表情を和らげたヒカルは、アキラをみやる。
彼もまた、笑みを浮かべてヒカルを見つめている。

それを見てやっと緊張がほぐれたのか、お互いを見交わして、ふふ…と、自然に笑いがこみ上げてきた。

「ふふ、ふふふ…あははは … アッハハハハハ」

ブワッ!!

高笑いのヒカルの背後から熱い空気の塊が押し寄せた。 ドングリまなこで固まるヒカル。 その直後、ヒカルたちの背後から轟音が響く。

「…。」
「ま… ま さ か。」

この、幅1メートルほどの城壁の上で今度は何をしなくてはいけないんだ? ヒカルとアキラはイヤな予感満杯で空間の穴に振り返る。

「あっそうでした。コレ閉じるのをすっかり」
佐為がようやく後始末をする事に思い至ったが、もはや一刻の猶予もない。

「走れ!」

アキラが二人の首根っこを引っ掴んで駆け出すのと、
自分たちが通り抜けて来たその穴から溶岩と破砕された岩が噴き出して襲い掛かるのとほぼ同時だった。

 

「うわあああああ!」
三人は城壁の上を全速で疾走する。

 

 

。 . 。 . 。

 

 

一方、王の間に先に到着して、ヒカル達が追って現れるのを待ち構えていた社達は、空間の穴が弾けとんで消えてしまった事に唖然としていたが、
外から聞こえる轟音に、弾かれた様にバルコニーへと駆け出すと、手すりに飛びつく様にしてその光景に眼をみはった。

彼等の眼に、外壁のてっぺんを必死に走る三人の後ろを溶岩がなだれ打つ光景が映り、一同は肝を潰す。

「ウワ!なんじゃアレ!」

西の王は、三人を襲う赤黒い灼熱の怒涛を見てうなる。
「むう、溶岩が…!
そうか、きっと彼らはわれわれのいる場所をあの溶岩から守ろうとして…!」

「なんて事するんや、オレ達の為に…!」

「へえ!やるじゃん、アイツ。」

王のつぶやきは、ホントのところ全然ハズレの推理だが、誰も疑う余地はなかった。

マア真相がどうであれ結果的にはその通りなのである。
もし佐為があの入口を閉じてしまわなかったらこの広間が溶岩に満たされてしまっていたに違いない。

 

どんな災難にも幸運のかけらが引っかかる余地はあるものだ。

 

 

とはいえ、この離れた場所からでは彼らを救う何の手立ても出来ない。

ただ無事を祈って見守るのみだった。

「あのまま走っていっても城壁は円く繋がっとる。…それに城の後ろ正面は断崖や、飛び降りる事も出来ひんで!」
固唾を呑んで見つめる社がそうつぶやき、三人の姿を追うようにバルコニーからバルコニーへと走る。

倉田たちも後を追って三人の成り行きを目で追った。

「ヤベエ、あの先、もう行けないじゃんか? なあっ 何とか助けられないか?!」

 

 

。 . 。 . 。

 

 

三人はもう必死の形相で城壁の上を駆けている。

湾曲する城壁の上で、佐為が慣性で外側に大きくはみ出そうになる。
「おおっと!」
「バカこっちだ!」
ヒカルとアキラは必死で佐為の衣を掴み、内側へ倒しこみながら息もピッタリに走りつづける。

「ひええええ!  

…あっ そうでした。」

 

佐為はそういってなにやら扇子を一振りした。

「ナニ?どうしたの?」
「はい、いま空間の穴を閉じました。もう新たには襲っては参りませんよ。」
「それは助かる!…敵は背後の溶岩だけということだな!」
「わー!アレはそのまんまかよ!」
「止まるなヒカル! 」
「止まってねェダロ!」

そうはいっても、ヒカルもアキラも もう体力の限界を越えていた。

姿の定まらないドラゴンの様に城壁の上を追いかけてくる溶岩の波。
背中を、焼くような熱気にねぶられて、すでに城の背面まで廻りこみ逃げてきたが、ここは背後を千尋(せんじん)の谷に護らせる要塞である。

今度は壁の外側から、深い谷をねじれる様に駆け上がってくる冷たい風が、低くうなりながら三人を襲う。それに振り落とされまいとバランスを取るだけでも精一杯だ。

「うわーっ、熱かったり冷たかったり、どーなのコレ!」

その時、アキラやヒカルに引っ張られるままに駆けていた佐為は、

「ちょっと失礼、お二人とも。」

と、 クルリと身を転じると、白い馬に変身した。

「この狭いのに そんなでかい図体にっ!」

せっかくの助けをえらい言い様だが、そんなことにもかまわず佐為はヒカルをくわえて背中にポイと乗せた。

『 アキラ殿!』
突如馬に変化した佐為には驚いたが、アキラも察しのいい男だ、キッとうなずくと、佐為の背にひらりとまたがった。

「どこか飛び移れるところはないか!」
アキラが見回すが、すでにそんな余地のある場所は通過してしまったらしい。それどころか
「オイ!大変だよ!壁が崩れてる!」
城の真後ろは石垣が砕け、その裂け目の向こうには、底の見えない程に深い谷がばっくりと冷たく青黒い口を開いているのが見える。
そこに向かって一直線に駆けていくしかない白馬。
「 どうしよう、逃げられない!」

『とべ と命じて御覧なさい』
「エエッ?!」

佐為の声が頭に響いた。

「とっ、ととっととっととっ、」
しつこいようだが、ニワトリではない。
「どうしたヒカル!?」

「ととと、と、跳べーっ!」



跳んだ。

 


白馬は城壁を蹴って、崩れた城壁の向こう側へと大きく跳躍した。

「お願い とどいてよ!」

しかし、もう少しで蹄が石の端にかかるという所で、ぐわりと白馬の背中が傾いで落ち、ヒカルたちの体が浮き上がった。

「うわ!佐、佐為!」

次の瞬間には再び馬の背が、ずしんと二人の体をしっかり受け止める。
「…ふう。」
着地したと思って肩の力を抜いたヒカルは、鞍の不安定な揺らぎに気付いて、幾度か瞬き、見まわした。

 

驚いた。
ここはいまだ空中である。

 


「ヒカル!
と、ととっとっと、 飛んでる!」

 

今度はアキラがニワトリ、いや、驚きの声を上げた。
思いがけない成り行きに、いっそう強く、前に座るヒカルを抱締め…

が、カエルのつぶれるような声に慌てて力を抜いた。

「ぐえ、げほげほ、…あ、ホントだ!と、ととと、飛んでるー!」

 

さっき傾いだ後再び持ち上がったのは、空中で向きを変えながら上昇したからだとやっと気付く。

宙に蹄を蹴立てて空高く駆け上がる白馬。

「スゴイ、スゴイスゴイ!佐為、スゴ過ぎるってば!」

ヒカルは驚きにまん丸くした目をキラキラさせて、佐為を、辺りを見回した。

アキラも、いつの間にか白馬に輝く大きな翼が生え、大気を力強く打ち据えて飛翔する様に目を瞠る。

 

「コレは、夢じゃないのか…?」 

 

自分たちを追いかけてきたあの真っ赤な怪物は、さっきまで自分たちのいた城壁の上を覆いつくし、その頭を青黒い谷のはるか底へと落とし込み、

その姿を黒ずんだ動かぬ岩に変えながら、もうもうと白い煙を立ち上らせていた。

 

西の城の上空を螺旋を描くように舞い上がる白馬。
「あ、社たちだ!」
ヒカルが指をさす。

バルコニーには一様に驚いた表情で見上げる皆の顔があった。

「ズルイ!あんな馬に俺も乗りたいじゃんか!」
倉田の元々膨れた顔がさらに ぷう と膨れた。

「…もう、なんでもアリやな。」
驚愕と安堵と予想も出来ない展開に、社はただ気の抜けた声を上げることしか出来なかったが、

しかし、ヒカルが懸命に手を振るのを見て、 その頬に笑みを浮かべると、光る風をまとって舞い上がるヒカルたちに思い切り腕を振り上げた。

 

 

。 . 。 . 。

 

 

白く輝く翼は頼もしく、空に道があるように確かな足取りで、白馬となった佐為は宙を駆け上がって行く。

「なんだか夢みたいだ…。」
「ああ。」

それでも鞍の下からは、白馬の体が自分たちをしっかりと支える力が
それに背後からはピッタリと添うアキラの胸の熱と鼓動が伝わってくる。

「…アキラ」

その感触に大きく安堵の息をついて、馬上で振りかえるヒカル。

 

間近にあるアキラの顔は、傷だらけで、汗みずくで、
まっすぐに揃っていた黒髪も若干乱れて頬に貼りついていたりしたけれど、
澄んだ眼差しはまっすぐにヒカルを見つめ返した。

 

「生きてるな、オレ達…」
「ああ、生きている。」

フフ、と笑みをこぼしかけてヒカルはアウ、と口をふさいだ。

「?」

首を傾げるアキラにヒカルはばつの悪そうな顔で、肩を竦めて見せた。

「ホラ、さっきみたいに笑った途端ドカーン!…なんて、イヤな展開が来たらさ…。ああ、あかりの言う通りだ。“口は災いの元”…。」


「大丈夫」
またなにか起きやしないかと心配そうな目をするその仕草が無性に可愛いくて、アキラは抱きしめる腕を一層強くして頬寄せた 。

 

「…何が起ころうと ボクはここにいる。」

「…!…」

 

ヒカルの背中もやっぱり埃やすすにまみれて、衣服の繊維の間には硫黄や焼け焦げたような匂いが絡み付いているけれど、
アキラの言葉に思わず戸惑い、ピクリと揺らぐ眼差しと 首元から上る甘い汗の匂いは ともにヒカルを艶めかせていた。

いちゃついているのか いまだ終わらない騒動の中での励ましあいなのか 微妙な線を行き来する二人の様子に、
天の使いの力を無事取り戻したとはいえやっぱり快い気のしない佐為は、急降下をかましてやりましょうか、と一瞬思う。
そのとき、

 

「―なんじゃ、もう終わりかの?」

 

突然聞こえるしゃがれ声にギクリと首を回す。

「あ。桑原のじーさん!」

にこやかに言うヒカルとは対照的にアキラと佐為は物々しい表情でその老人の登場に身構えた。

 

 

「…なんちゅう顔ならべとる。それになんじゃ、随分ひどい格好じゃのう。」

 

箒に揺られながら、その様子を鼻で笑う桑原。
ヒカルだけは桑原が今まで自分に何をしてきたのか解っていないらしく、エヘヘと照れ笑いしてみせると、相変わらずの懐っこい態度で話しかけた。

「それよりじーさん、スゴイじゃん!箒に乗れるなんてさ!」

「まあのぅ。で、対局はどうなったんじゃ?」
「対局?」
「勝ったのか?」
「あ ウン、佐為がね!」

打てない自分にかわって佐為が永夏を下したことを話して聞かせるヒカル。

「そうか、お前さん、打てなんだか…。
しかしなるほど、そちらさんは力を取り戻しおったようじゃのう。よかったの、駄天使から一皮むけて。」

『駄 ってなんですか!』

「菓子と駄菓子、洒落と駄洒落、天使と駄天使。  
ひゃっひゃっひゃ、良かったじゃないか、“駄”が取れて。
人間成長するには浮き沈みも大切じゃ。…おっと、人間、ではなかったか。

ひょっとすると、神がお前さんを地上によこしたのは、案外お前さんのためもあったのかもしれんの。」

 

その言葉に佐為は一瞬言葉を失う。

 

自分の言葉を真に受けているような様子の白馬をおかしそうに眺めながら

「いや、本当のところは わしにゃわからんがの。何しろただの下界の魔法使いじゃからのう。」

桑原はそう言ったあと、ヒカルに目を留めて首を傾げた。

 

「はて、ヒカル、」

どうやらヒカルが件の魂を失っていることに気付いたらしい。

「勝負に勝ったのなら、お前さん、魂は取られずにすんだはずじゃろうに?」
「それがさァ。」


「…なんと。」

説明を聞いて目を丸くする桑原。

「なんじゃせっかくの魂があの男のものになるとはのう…。
いや、しかし倉田大公にはちょうど良かったかもしれん。

何しろ、旅の途中で魂をどこぞで取られたか落っことしたかしたらしゅうての、 そのままずーっと放浪しとったようじゃから。

こうなったのも運命かもしれんの。」

 

「じーさん いろいろ知ってるね…。」

 

 


「しかしせっかく来たのに、もう終わっとるとはのう。」

桑原がしわくちゃの口を不満げに尖らせるのを見て、アハハ、と笑ったヒカルだが、ふと思い出したように表情を変えた。

 

「あ、そうだ 倉田さん! あそこに置いて来ちゃった!」
「そうだ、彼もつれて帰らなくては。引き返そう。」
「ウン、でも…。」

自分の城が気になるし、倉田まで乗せて果たして飛べるのか、と心配するヒカルだが、桑原の箒にのる姿を見てピンとひらめいた。
「そうだ、じーさん!その魔法の箒でさ、倉田さんを送ってあげてよ!オレ急ぐんだ、じゃ!」

 

「な、なんじゃ??」

 

いきなりの要望に面食らった桑原だが、ヒカルはさっさと佐為に軽く蹴りを入れて、自分の国に向かって飛んだ。

 

「おっと、 ちょっと待つんじゃ ヒカル!」

 

桑原が呼ぶ声に振り向くと、 桑原は自分に向けて何かを投げてよこした。

「コレを受取れい!」

 

桑原の手から、きらりと光る小さなものが飛来するのを、ヒカルは片手を伸ばしてパシッと受け取った。

「コレは…?」

手につかんだのは、小さな、少し濁った色のガラスの小ビン。

その小さなビンをかざすと中には白石が入っているように見える。が、ビンの中でおどるそれらが立てる音は、いつも桑原がヒカルに施した黒い魔法薬に似ていた。

 

「白い 飴?…黒じゃなくて?」

「解毒剤じゃ。」

「?」
「マア早い話が、それを飲めば、もう碁盤を見てゲーゲーやらんでもようなるぞ」
「ホント!?」

 

せめてもの償いというかのう…、と言いつつこっくり頷く桑原。

「あ、そうじゃ、そいつはすこし粘着力が強いでのう、うっかり歯の詰め物が取れんようにせえよ。じゃあな」

 

「ヤダな、虫歯なんかナイってば!」

かっかっかっと言う笑いとともに西の城に向かっていく桑原。
「ま、大公は任せておけ、何とかしてやるわい。」
「じーさん、ありがとー!」


小さくなる後姿に手を振るとヒカルは胸元に小ビンをしまおうとした。

「あの老人のいうことを信用するのか?」
そう言いながらアキラはヒカルの腕を掴み、動きを止めさせた。

「アキラ?」
「そもそもキミにかけられた呪いはあの老人が…!」
「エッ?!」

『アキラ殿、安心なさい、その薬には邪悪な波動は感じられません。どうやらあの者の言った事は本当のようです。』

佐為の言葉にアキラは驚く。

 

「だろ?じーさんがオレをだますワケないじゃん。」
アキラは反論しようと口を開きかけたが、気を取り直して口を閉じる。

『…。まあ、 今となってはもう申しますまい…。』
佐為もどうやら同意見なようだ。

 

「さあ、急ごう、ハイヨー!佐…、じゃなかった、ヒュウガ!」
ヒカルが駈足の合図を送る。

それに応えて白馬の佐為は弾かれたように空を駆け抜ける。東の国、ヒカルの城へ。

 

「ヒュウガって…そうか、……あのときの妙な白馬は  佐為殿だったのか…。」
「どうしたアキラ?」

そういえば馬と掛け合い漫才のようなことをしていた黒い仮面の少年騎士は、このヒカルだったのだから当然と言えば当然だが…。

あんまり変な事実が多すぎて、いくら次々と真相が解明されても正直全然すっきりしない気持ちの、アキラなのであった。

 

 

。 . 。 . 。

 

 

箒にのった老人が空に現れたのを見て、城にいた人間は驚いた様子だった。

その中で倉田がはっと思い出したように指差す。

「あ、あの時のじーさん …そうか 桑原博士だったか!」

 

まもなく、桑原は倉田の元に舞い降りた。

「お久しゅうございます、大公殿下。王室づきの博士、桑原にございます。無事、長い旅からのご帰還、よろしゅうございましたな。」

「…何言ってんの。ずっと見てたくせにさ。」
「ご存知でしたかの。」

「イヤ…、今気付いたって感じかな。」

月蝕の森で桑原を追いかけていたときは、別に何も考えずに行動していたに過ぎないが、今魂のある体となって思い返すとそれまでの記憶が断片的だったものが系統立ててつなげられていく。

 

「その“新しい魂”は、お役に立っているようですな。」

桑原の言葉に、倉田は左の胸をポンポンと叩いて笑みを返した。
「まあね。…まさか自分が魂の無い状態だなんて思いもよらなかったけどな!…


あ、そうだ、お城は?お城はどうなってるの?」

 

倉田もまた、桑原が悪巧みを企てているとはもう思っていないようだ。

 

「城?…ああ、なにやら、溶岩が吹き上げとったようですが、なに、心配せんでも、もう鎮まりかけ…。」

 

「そうじゃなくてオレたちの!」

 

東の国の城は無事だ と答える桑原の言葉に、倉田をはじめ一同はほっとする。

「じゃあ御器曽はどうしてるんだろ。」

「あのゴキブリめ でございますかの? ワシはこれから旅にでも出ようと思うとりますので、今、誰がどうしておるかまでは生憎わかりませんが…。」

「旅?」

頷く桑原。

「もう自分であれこれ企てるのは面倒くさくなり申した。気楽に旅でもしながら碁を打ってまわろうかと思いましての。
…そうですなあ、東の果ての国の塔矢藩主殿とやらとも一度お手合わせしたいものですわい。
あの小僧の親父殿は、いかほどの腕前でしょうかのう。」

老人は顎に手をあてながらさも愉快そうに笑って見せた。

 

 

。 . 。 . 。

 

 

白馬の背に跨り、東の空の向こうを見つめていたヒカルは ふとうつむいて、風にまぎれて誰にも聞こえないくらいの小さな声でそっとつぶやいた。

「―  オレ…オマエががっかりしないくらいには強くなれたかのな?―」

風を打ち振り下ろす白い翼のまぶしさに眼を細めて、ヒカルはふっとため息をつくと前を向きなおした。

『ハハ そんな事言ってる場合じゃないか。』

「― 打ち切らなくては わからない。」

背後のアキラの声が触れ合う体を通して低くヒカルの胸郭を震わせる。

ヒカルは驚いたように振り返った。

「アキラ…。」

さも当然だという様な、まっすぐに語りかける堂々とした眼差しに、ヒカルはしばし見入ったが、すぐに、くたり と うなだれてしまった。

 

「…ゴメン。」

「何を謝るんだ。」

ヒカルがいきなり謝るのでアキラは面食らう

「だって…。
オレはオマエに…みんなに嘘をついてきたんだぜ。 亜麻色の髪に、ホントのオレには似合いもしないドレスなんか着ちゃってさ。

王子だってのに いや、王子ってのもウソだし、 リボンの棋士だなんてのだって、
すべて嘘っぱちだ…。」

「…でもあの大会でキミの打ってきた碁はキミの キミ自身の打った碁だろう

…ならばそれでいい。」

 

『もう、ふざけるな なんて言われないの?オレの碁は…。オマエを満足させられる…?』

心は、おそるおそる そうつぶやくが、口から出るのは相変わらずのこんな軽口だ。

 

「ハハハ オマエってホント 碁ばっかりだな。」

「…そうだね。」

「…じゃ、城に戻ったら、とっとと続き打っちまおうな。」

「…いや、」

「エ?」

 

「  …その、一番言いたかったのはそんな事じゃあないんだ。」

 

アキラの手がヒカルの腕の上を沿いながら伸べられて、ヒカルの手を包むように握られた。

「キミは…、
キミが思っているほど嘘つきなんかじゃない。
どうやら たいそうウソをつくのが上手いと思っている様だが
てんで下手クソだよ。 」

「 へ…?」

 

「何がどういう事情なのかは ボクはよく知らない。 でもボクにはわかる。
何よりキミの眼は とても正直だ。」
「オレの眼?」

「そう。それに この手も。」
「それって…?」


「王子のキミは、とぼけた言動ばかりで正直ボクはずいぶん腹を立てた。
が、その実、キミは嘘にまぎれて本当の事を口にしていたろう。」
「そ、そう…かなァ…。」


「 気がつくとそんなキミの姿が 瞳を輝かせてボクの頭の中に住みついていたよ…。

それに、亜麻色の髪の乙女は言葉を持たなかったが
その眼は心を丸ごと映し出すように饒舌だったし
何かを伝えようとするその手の動きもまた同様だった。

そしてその指先から放たれる石は、どれだけの努力がそうさせるのか、めまぐるしく進化して ボクの心を捉えて離さない。」

 

震える指先に強く絡みつくアキラの熱。
耳のそばで低く、凛とした声がはっきりと告げる。

「ボクは亜麻色の髪やきれいなドレスに恋をしていたんじゃない。
キミ自身にだよ。ヒカル。」

「~~~~~~!」

 

それを聞いて飛び上がりそうになったヒカルは
白馬の首にしがみついた。

 

『どうしよう、どうしよう 佐為
 オレ……!』

 

佐為はいつもの様に何か話しかけてくるとヒカルは思ったのだが、
何も言わないで、ただ白い優美な首を振り立ててヒカルの体に摺り寄せた。
あたたかくて白い綿雲の様なたてがみに顔をうずめて、ヒカルは眼をぎゅっと瞑った。

「…そうだ、それから、あの大きな握り飯は美味しかった。ありがとう。」

「いやそれはエーと、お礼なら市河さんに
…って エ?大きな?」

「やっぱりあれは、キミの作品か。」

ガバリと体を起こしてアキラに振り返った。

「な、なんで知ってるの?」
その反応にアキラは推理が当たってうれしいような、少し申し訳ないような笑みを浮かべた。

「知らないよ。でも わかったんだ。…今。」

「…………。
わあああァ~~~~~!」

 

。 . 。 . 。

 

 

東の空に向かい、二人を乗せて飛ぶ白馬の佐為は、気がつけばどんどん駆け上がって、秋の空の高い雲を間近に見るほどに上昇している。


澄んだ空の上から見る地上が、気がつけばずいぶん遠くなっていた。

 


佐為ってば、…オイオイ、天の国にでも行く気?」
冗談でそういうヒカルだが、 黙っている佐為

しばらくの沈黙のあと、ヒカルが叫ぶ。

「……ダメだぞヒュウガ!オレの国が、お母さんたちが心配だもの!オレは行かなきゃ!」
佐為殿?!まさか!」

佐為は ふっと笑ったように見えたがそのまま何も言わずに飛び続ける。

「ヒュウガ!…佐為!」

そう叫んだとたん、二人を乗せた白馬は、白い絹のような雲に包まれる。

 



視界が真っ白に染まった と思ってからしばらくして。

 

 

気が付くとあたりは微風が運んでくる草の香りが漂っている。

馬の背は空を行く間のように、ふわふわと揺れたりせず、しっかりと二人を支えていた。どうやらすでに地に足をおろしているようだ。

 

「…オレたち、天国まで来ちゃった?」
「?いや、ここは地上だ…。」

 

ヒカルは目の前の白い馬の首をなでながら呼びかける。

「ヒュウガ、…アレ?」

 

アキラがはっと気付いて叫んだ。
「 …いや、これは、日向だ!」

 

二人は小高い丘の上に立つ白い馬に乗っていた。

だがそれはさっきまで自分たちを乗せて空を飛んでいた白馬、いわゆるヒュウガではなく

 

馬鎧をつけたアキラの愛馬、日向だった。

「一体、何だ? どうして…?」
佐為は…?ねえ、佐為、ドコ?」

 

ヒカルたちはあたりを見回す。

澄んだ秋晴れの空が果てなく広がる丘の上に 一陣、爽風が吹き抜けた。