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ヒカ碁二次創作のお話置き場です(ヒカル少女化注意)

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リボンの棋士  51


「ど、どしたのおとうさん?」

「…どうしたのじゃない!誤解されるような事を言ったからだろう!」

「誤解って?」

 

 それを言わせるのか!

 アキラはキョトンとするヒカルを睨みながら、鈍すぎる彼女にははっきり言うより他にあるまい と

口が拒むのを無理矢理動かして答えた。

 

「お…お、女に なった…って…」

「だってソレ ホントの事じゃんか」

「本当なのですか!」

母も目を吊り上げてアキラに詰め寄る。

「ですから 違いますッ!!ご両親の誤解されているようなことは何も!」

一体何でこんなやり取りが起きるんだ?!信じられない!

 

思いも寄らない悪夢におそわれて アキラが珍しく冷静さを失いかけた

その時。

 

バーン!

 

部屋の扉が乱暴に押し破られ、中に黒い影がとびこんできた。

 

「…お前は!」

 


。 . 。 . 。

 

 

城の外では森下達家臣や、塔矢藩の一行が、二人の城内に消えた後姿を見守っていた。

 

「た、隊列を整えろ!王子いや、王女、…ええとどっちなんだ本当は… とにかく王妃様とヒカル様をお救いするぞ!」

 

「…緒方様、我々も行きましょう…!」
「ああ…!」

頷く緒方が味方を見回したとき、彼の頭上を小さな影が横切った。

「!?」

何者かの気配に上を見上げた緒方。

 

「な、何だあれは!?」

その声に皆が一斉に上空を見上げた。そこにみんなの見たものは。

「鳥か?」
「飛行機か!?」(ありませんそんなモノ。)

「…く、桑原博士!?」

それは、桑原博士の操る箒と、
その箒に吊された大きな篭から、にゅっと太い腕が伸びて元気良く振られているという
思いもよらない飛行物体だった。

 

箒は、バランスを保つのが精一杯といったよろめき具合で、
おまけに篭の重みで今にもへし折れそうに、しなっている。

 

皆の驚く顔に囲まれながら、箒は草の上によたよたと着地した。

 

「…ぜい ぜい …こんなに重い荷物は重量超過じゃ。 追加料金を頂きたいわい。」

すっかり参った表情の老人がそうこぼすと、

「宅急便じゃないんだからカタい事言わないでよ、博士。」

これでも普段より軽いはずだぜ、ロクに食ってないからな、などと
口だけは羽のように軽い男が
ガハハと笑いながら網目模様の付いた巨体で篭から這い出してきた。

 

「… フン 宅急便でこんなデブなんぞ運ぶもんかい。」
ブツブツ文句を言う桑原であった。

 

「倉田大公!」
「よっ 森下師範 それにみんな 元気そうじゃん!」

倉田に名前を呼ばれて目を丸くする森下たち。

 

「く、倉田殿下…?おわかりになるのですか?我々が?」

倉田は頷き、大きな口で笑った。 

「いやあ、一生魂の抜け殻みたいなまんまかと思ってたけど、思わずイイ拾いモンしちゃって、
すっかり生まれ変わった気分だよハハハ!
…ま、あのまんまでも別段苦労はしなかったし、結構楽しかったけどな!」

「???はあ…??」

「マアややこしい話だから。とにかく、旅に出るまえのオレに戻ったと思ってくれてイイよ。」

そんなあっけらかんとした態度の倉田を、桑原は苦虫を噛み潰したような顔で横目で睨む。

「まったく…  結局コヤツのために長年苦労してきたようなものじゃわい。」

「あ、そうそう ところで、先に帰ってきてない?あの三人。」
「…三人?」
怪訝な顔で聞き返す森下ら。

「あ、三人じゃなくて二人と馬一頭かな?」

「……確か、ヒカル様と塔矢の若様は日向号とナチグロに乗って戻っておいででしたが…。」

 

倉田は離れたところで水を飲んでいるナチグロに近づき
「ヒカルはホントにこいつに乗って戻ってきたって?…なるほど確かに真っ黒だ。フーン? さっきまでは真っ白じゃなかったっけ?なあ?」

顔を覗き込まれて、ナチグロは迷惑そうに首を振った。しずくのたれる口から水しぶきが倉田の顔にひっかかる。

「ウワ なんだこいつ 本当にホンモノの馬みたいじゃん。」
「そうですが…なにか?」

倉田の言葉には、傍にいた馬丁が不思議そうに答えるだけだった。

 

倉田たちは 皆からヒカルたちが帰って来たときの様子を聞いていたが、
その中で、森下達の口から飛び出した、ヒカルは王女なのでは? との言葉に、

「なんだ もうバレちゃったの まいったな」
などと、ふっくらした手でぼさぼさ頭をまぜっかえしながら、ぶつぶつ言うものだから、

「ではやはり本当にヒカル様は…!」

森下たちは改めて驚きの色をあらわにした。

…本当のところ、アレはきっと何かの魔法か、まやかしではないか、と まだ家来達は疑っていたのだが 倉田の発言によって思わずネタが裏付けられた瞬間であった。

 

「あ…あららら。なんかオレまずい事言っちゃった…?」

桑原翁が倉田に意地悪く突っ込んだ。

「迂闊じゃのお前さんは。まだおつむがピンボケか?それとも、策の内かの?」
「策?」
「ヒカルが王女なら、王位を継承するのは倉田大公、お前さんじゃからの。」

「あ そーかァ…。」

その指摘に、ひどくめんどくさそうな顔をした倉田だが

「…んー、…マァいいか。」

フンと鼻息一つついてお気楽な結論を口にした。

「いいのかいな。」
「イヤ、オレだって王様なんざ窮屈な商売は真っ平だよ?
けどさ、今考えたんだけど、王様になったら、掟って変えられるんじゃない?」

「…もしや 王位継承の掟について言うておるのか?」
「ウン。」

倉田が胸を張る。というよりは、巨体をそっくり返した。

「オレが次期国王になってさ、掟を変えてやるんだよ。
そうしたらヒカル王子、いや王女も王位が継げるんじゃないの?」

そういうと倉田は一人ウンウンと頷いた。

「ヨシ決まりっ 次の王様は、オレがなってやるよ。」

「フン よくそんなことを思いつくのう。」

桑原が眉を動かして倉田を見ていた。

「お人よしなのか それともまだバカが治っとらんのか。それとも本意は別にあるのか…。」

「ジーさんしつこいな!そんな事、別に考えちゃいないよっ。」

「わしゃお前さんのジーさんじゃないわい。」

しわくちゃの口をとんがらせてつぶやく桑原であった。

 

 

倉田大公が即位? という声が家来達の間にざわざわと交わされる。

「では、あの王冠は倉田様に…?」
和谷が伊角に尋ねた。

「さあ…。そうなるのか…?」
至極無難に受け答えをした伊角だが
あんなにプレッシャーと戦いながら、守っていこうと決意したはずのヒカルの秘密がこうもあっさりばれてしまうなんて、と、
いったいどうしてよいやらわからないほど、脱力感をもてあましていた。

『いやしかし倉田大公、 なんとも大物…さすがだな…』

 

回りのざわつきを倉田は大きな手のひらを広げて遮った。
「おいおい今そんな事で騒いでても…」

みんな倉田の制止にも関わらず、口々に言葉を発するものだからいつまでたっても静まらない。

倉田は傍で僧侶が王冠を抱えておろおろするのを目に留めると、王冠をむんずと掴み、

「…あ…!倉田様…!」

ひょいと自分の頭に載せた。

 

「…。」
途端にシーンとあたりが静まり返る。

 

「あ 自分で…かぶっちまいおったわい…。」

「こ、困ります 神の御前でちゃんと手順を踏んで頂かねば…」

「今は立て込んでんだし、ちゃんとしたのはアトアト。コレで文句ないだろ?」

 

倉田国王 ここに即位。

 

 

「それよりさァ…結局佐為はドコ行っちゃったんだろうな?
まさかあの二人を置いていくとは思えないし。」

「天に帰ってしもうたかも知れんぞ。」

「ジーさん冗談よしてくれよ。」

「じゃからワシはお前さんのジーさんじゃないと言っとるじゃろうがっ!」

「…ヒカル王子には じーさんと呼ばせてるくせに。」

「あやつは別じゃい。」

桑原はぷいと横を向いた。

 

「…でも…ふうむ、そうだな…。そうかも…。」

倉田は佐為について、桑原の言ったような事もありうるかも、と呟いた。

「なんにせよ、今は佐為より…、ヒカルと、おにぎりの人、じゃない、エート塔矢アキラだっけ?
あの二人の方を助けなきゃな。 二人だけで中に入っちゃったんだろ?」

 

「なんだ おにぎりの人とは?」
「…さあ…?」

緒方たちは、自分の主人がなぜそんな呼ばれ方をしているのか、ワケがわからない と顔を見合わせた。

 

「よーし、とにかく助けに行くか…
の前に、城ん中が今どういう事になってるのか、誰か説明できるヤツいない?」

「あの…」

あかりがおずおずと手を挙げて、御器曽のお陰で、黒い虫で満ちている城の様子を語った。

 

 

。 . 。 . 。

 

 

「なんと。まずいな…」
あかりが語る御器曽の様子を聞いて、桑原が眉をしかめる。

 

「確かに危険ですけれど、…でもヒカル様なら…」

桑原は首を振った。

「あの子の唯一の苦手、知っておるかの?」

ヒカルの苦手。あかりは、この世にそんなものすらあるとは思わなかった と首を横に振る。

「…あの虫ども じゃよ。」

「ええ?でも、ヒカル様はナメクジだろうとゲジゲジだろうと結構平気で…。」

あかりの手が元気に握られたり開かれたりした様子で、ヒカルの豪気な振る舞いが伺えた。

 

しかし、桑原は首を振った。

 

「じゃが アレだけはダメなんじゃ。名前を聞く位なら平気じゃろうがのう …そうか知らんかったか。

お前さん、母親のあとを継いで世話をしておるが あの頃の事は知らんかったようじゃのう。」

「あのころ?」

頷く桑原。

「まだヒカルが囲碁好きで、…御器曽卿と対局した時の事じゃ。」

 

 

 

「― そう あの頃はまだ ヒカルの棋力はさほどではなかった。

しかし、大人の御器曽卿を相手に、懸命に喰らい付いておった様じゃよ。
…対局は、御器曽有利で進んでいたのじゃが、ヒカルは、まだ投了を言わずに相手の手を睨んでおった。

やがて ヒカルが良策をひらめいたらしく、相手が石を打つのを待ち構えておったのじゃが…、

御器曽の手が自分の白石の碁笥に伸びたその時、あの子は見てしもうたんじゃな。
御器曽の碁笥の白石の中に なぜか、ひとつだけ…」

 

「…黒い石でも混じっていたのですか?」

伊角が桑原に尋ねた。

 「…何で知っとるんじゃ?」

「いえ…。 なんとなく、そんな気がしました。」

 

「ふむ。 まあそんなところじゃ。」

桑原は、いったん途切れた話を続けて語り始めた。

「…で、じゃな。
御器曽のヤツ、自分の碁笥に入っていたその黒石を摘み上げてのう、それを皆に見ておらぬ隙にこっそり…」

 

「アゲハマにしたんですね?」

今度は緒方が尋ねた。

 「…何で知っとるんじゃ?」

「イエ、なんとなく そうではないかと。」

 

「…ふうむ? …なんじゃ、みんな、妙に勘のよい者ばかりじゃのう。」

桑原は面白くなさそうに呟くと、それでじゃな…、と、更に話を続けた。

 

「ここでモタモタしておっては、相手の不正を押さえられんと思ったのじゃろう、ヒカルは即座に、立ち上がり、御器曽卿が碁笥の中からソレを蓋に移すまでの間に、大声を上げた。

「コイツ ズルした!」

御器曽が驚いてうっかり取り落とすと、ヒカルがすばやくソレを手にして高々と挙げたのじゃ。 」

 

「ヒカル様らしいですね。」感心するあかりたち。

 

「…が、
そいつは 実は碁石ではなかったんじゃ。」

 

「え?」

掴み挙げた黒石。 しかし。

ソレは石というには妙な弾力があった。
そして石よりも大きく なにより若干縦に長いフォルムをしていた。

 

ヒカルは一瞬手の中の物が何か理解できなかった。そうしているうち
その物体は自ら名乗りを上げるように変化した。

…ソレは石ではなく 

 

 

「ギャー!」 

ヒカルの絶叫が対局中の部屋にこだました。

 

その黒いものは、古くから御器曽家に住み着いていたレジェンド級に超特大のゴキブリの… 
これまた特大の 卵鞘 …だったのだ。」

「らんしょう?」

「…卵のいっぱい詰まった まァ、虫さんのゆりかごみたいなもんじゃ。

…偶々 孵化寸前だったそれは、ヒカルの手の中で奇しくも…」

 

「いやー!」

 

あかりが耳を塞いでうずくまる。

 虫さん などとソフトな言い回しを選んでもらったところで、そのおぞましさがマイルドになるわけではなかった。

 

 

しかし当時のヒカルの驚きはそんなものではなかった。碁石と思って掴んだものの中から大勢の小さい命があふれ出すさまに、ヒカルはパニックを起こしてしまったのだ。

まだ対局中だというのに、思わず碁盤の上の石を乱し、しまいには泡を吹いて気を失ったのだった。

 

「お陰で対局はその場でヒカルの負けになったわい。
まあ、ヒカル自身はひどい負け方をした としか思うとらんようじゃがのう。

いや、ひどい負け方には違いあるまい。何しろあまりのショックにその時の記憶を失ってしもうたのじゃから。」

 

「いや、私どもも、そんな訳があったなどとは、今まで存じませんでした…。」

「…まさか碁笥にそんなものが入っていたとは、普通は思いもよらんじゃろうが。周りにいた者はほとんど、劣勢になったヒカル王子がヤケを起こして盤をめちゃくちゃにした、としか見ておらなんだじゃろう。それに、その原因になったやつらは、騒動がおさまった頃には、その場から皆、散り散りに逃げてしもうた後じゃからのう。」

 

森下たち、当時回りにいた者達には思いもよらぬ出来事だったのだ。魔法使いの桑原だけがそのことに気付いていた。

 

「あの虫の卵が、御器曽の故意か偶然か、その辺はワシにもわからんが、
そのトラウマを魔法薬にすこしばかり利用させてもろうた。
…お陰でうまく囲碁嫌いにしてもやれたしのう…。」

あかりが桑原の呟きに聞き返した。

「魔法の? それはあの黒い飴の事ですか?」
「ああ そうじゃよ。」

「まさか あの黒い色は…」

「ノーコメントじゃ。」

 

「…私もあえて聞きたくありません。」

 

そんな薬をヒカルに与えたのかと責めたいのは山々だが、あかりはあまりのおぞましさに顔面蒼白になるばかりであった。

 

「では、もしヒカル様が、あの虫に出会ったりしたら…。」

「実物を それも大群の虫どもなどを見た日にゃあ、きっとその場で固まってしまうじゃろうのう…」

 

「じゃあアイツ、いや、ヒカル王子 じゃなくてえーと… 王女? 」

和谷が頼りなげにそう呼びながら、それでも心配で叫ばずにはいられなかった。

 

「敵に立ち向かうどころか、即、やられっちまうってことじゃないですか!?」

 

 

 

 


 

 

「卵鞘」には元々画像検索のリンクを張ってありましたが、いささか刺激が強いかと思い、リンクオフに致しました。

興味のある方、どんなものかご存じない方は検索していただいてもかまわないですことよ。(虫さん嫌いな方はご遠慮ください…)